2016年11月18日

ジュース屋のおやじさんとの奇妙な国際交流

 無事に「第8回 インド国際日本文学研究集会」も終わり、関係者だけでお疲れさん会をしました。

 その店の前に、フィットネスクラブの明かりが煌々と輝いているのを見つけました。
 まさに、インドの1面を見ることができました。


161112_gym




 宿に帰ってから、いつものジュース屋さんに行きました。
 時間が10時を過ぎており、すでに店じまいをしているところでした。
 この町に来た8日にも立ち寄りました。しかし、いつものおやじさんがいなかったので、ジュースはいただきませんでした。私は、おやじさんがいる時だけしか行きません。

 見つけたおやじさんに挨拶をすると、元気に迎えてくれました。しかし、すでにジューサーは解体した後でした。それにも関わらず、おやじさんはスパナをとり出し、ジューサーをまた組み立て始めたのです。お店の人も、何事が起こったのかと見守っておられました。


161112_juice0




 お掃除が終わったのなら、また明日来ますと言うと、というよりも村上さんにそう通訳してもらうと、それでも無言でスパナを使ってジュースを作る準備をしておられます。

 私だけのジュースが搾られることとなりました。感激です。お店の従業員の方は、何が何だかわからない顔をしておられます。テーブルの上には、またすぐに解体できるようにスパナが置かれたままです。


161112_juice1




161112_juice2




 お金を払おうとすると、私に会いに来たお前から貰うわけにはいかない、と言っておられるとのことです。押し問答の末にそれでも代金を渡すと、多すぎるとのことで、少し返してもらいました。死ぬ時に余分なお金は要らないので、実費でいいとのことのようです。


161112_juice3




 それでは、今度何か日本からお土産を持って来るので、何がほしいかと聞いてもらうと、何もいらないとのことです。こうして顔を見せてくれるだけで、それがいいお土産だと言っておられると、通訳係となった村上さんが伝えてくれます。

 しばらく、インド人との禅問答のような哲学的な会話が飛び交いました。

 さらに、私がお寺に泊まっていることを知っておられるおやじさんは、お寺の和尚さんに果物とジュースを持って行けとのことです。(このリンゴとミカンは、翌朝のお寺での食卓に並びました。)

 他人が見たら、インド人と日本人が何を言い合っているのか、興味深い光景だったことでしょう。

 このおやじさんとは、2002年に私がデリー大学に客員として来た時、お寺で同じ釜の飯を食っていた中島岳志君に連れて来られた時以来の、説明しずらい変な仲なのです。
 このおやじさんとの不思議な関係が、こうして今でも続いているのです。
posted by genjiito at 20:39| Comment(0) | *美味礼賛
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]