そこからバスに乗って高速道を北東に向かうと、2時間ほどで茨城県の水戸駅に着きました。
意外と近いのに驚きました。
目的地は、井上靖の短編小説「大洗の月」の舞台となった大洗海岸です。
昨日の記事「井上靖卒読(206)小説全357作品で評価【4】としたもの」で、短編53作品の内の「井上靖卒読(36)「大洗の月」」の舞台となっている地なのです。
いつか行ってみたいと思っていた大洗に、連休に入った今朝、颱風が関東に来る前にと、急遽行くことにしたのです。
経由地の水戸で、偕楽園に立ち寄ることにしました。
観光案内所で丁寧な説明を聞き、「水戸漫遊1日フリーきっぷ」を手にバスで移動しました。
偕楽園は梅の景勝地です。しかし、小雨の園内もいいものです。
義烈館で徳川光圀の『大日本史』などの資料を見ていると、展示されていた古文書の中に「徳河」と書かれている箇所に目が留まりました。自筆の文献で「徳河」と書かれているものを探していたので、実際に確認できて嬉しくなりました。
徳川斉昭によって建てられた好文亭は、中に入るとなおさらその良さが実感できました。
まさにお茶の世界です。
この3階から見下ろすと、千波湖が視界に入ってきます。
今日予定されていた野点をはじめとするイベントは、雨のためにすべて中止されていることが、正面のブルーシートからわかります。
水戸駅から大洗へ行くために乗った鹿島臨海鉄道は、1両だけのかわいい電車でした。
大洗駅前にあった寿司屋さん「寿々翔」は、駅前にある唯一の食事処だったので、どうしようかと迷いながら入りました。ところが、千円という安さが信じられないくらいに、おいしいお寿司でした。おまけに、突き出しとしてモズクに蟹身が入ったものと、甘エビの味噌汁が付いてきたのです。おやじさんもおかみさんも、いい方でした。大洗に行かれたら、海岸にたくさんお店があっても、ここも選択の一つにされてはいかがでしょうか。
駅前から海岸まで出ているバスは、一時間に一本です。しかも、今日は大幅に遅れているのです。
とにかく、大洗は多くの人を集めています。それは、『ガールズ&パンツァー』という、今や大人気のアニメの聖地となっていることが主な理由のようです。
そんなことはまったく知らずに来たので、最初は何が何やらわからないままでした。そう言えば、寿司屋さんにも戦車の模型が並んでいました。
バスで大洗磯崎神社前で降り、目的の大洗ホテルへ行きました。
ここは、井上靖の「大洗の月」に出てくるところであり、次のような語られています。
佐川は水戸までの乗車券を持っている。三時五十五分に上野を出たこの列車は、途中土浦だけに停車して、五時四十五分に水戸駅へ着く。佐川は水戸から自動車で大洗に行き、会社から連絡を取らせてある海岸の旅館へはいる予定である。別に用事はない。急に思い立って、大洗の海岸で、九月の満月を見ようというだけの話である。(『井上靖全集』第四巻、111頁)
この佐川が泊まったのが、ここ大洗ホテルだということです。
「大洗町・アーカイブ」
の中に、「大洗町を訪れた文人とその作品」があり、そこには、次のような説明文があります。
A宿泊したホテル・旅館はどこか?
⇒「大洗町史」に「戦後アメリカ軍が占領軍第一騎兵師団を水戸・日立・土浦・古河に昭和20年9月1日に分駐した。磯浜には情報収集のためC・I・Cが設置された。昭和20年11月1日のことである。大洗ホテルがアメリカ軍に接収され、第45CIC地区分遣隊が置かれた。通称”大洗情報部”と呼ばれ、これに類する分遣隊は都道府県の行政単位に見合う全国37地区に設置されたという。ここには常にアメリカ兵2,3人が常駐し、日系2世も通訳として情報活動をしていた。」(p735)とあります。
これに続いて、「なぜCICが大洗に設置されたのかについては定かでない。情報活動は、戦争犯罪人、超国家主義者、共産主義者など、あらゆる情報の収集にあたった。…このような情報活動は昭和25年4月7日、大洗ホテルの接収解除が行われるまで続けられたと推測できる。」(p736)ともあります。
⇒以上から、主人公が投宿したのは「大洗ホテル」と分かります。大洗ゴルフ場には近いですし、すぐ下が海で大小の岩礁が沖合まで散らばっていますし、100m程の所に小さな灯台(左の写真)が立っていますので、これらの点も矛盾がありません。
なお、当時の3階建ての建物は、昭和○年に取り壊され、現在の○階建てのホテルは○年に竣工したものです。
⇒ちなみに、占領軍のインテリジェンス(諜報)や検閲を扱う総本部はG?2と呼ばれ、ほぼ全時期を通じて総指揮官はC・A・ウィロビーでした。G?2の下に民事を扱うCIS(民間諜報部)と刑事を扱うCIC(対敵諜報部・Counter Intelligence Corps)が置かれていました。
B時代背景
⇒宿泊したホテルがこの間まで進駐軍に接収されていたこと、最近近くにゴルフ場が出来たこと、と書かれていますが、大洗ホテルの接収解除は昭和25年、ゴルフ場は昭和27年10月1日工事着工、昭和28年9月20日竣工式、10月25日オープンですので、(「この間まで」と「最近」をどの程度の期間幅で捉えるかが関係するのかもしれませんが、)ちょっと時間が合いません。
「ゴルフ場ができた」に着目して、9月の満月をみようと書かれていること等から昭和28年9月13日のことと推測してよいかと思います。
この大洗ホテルの喫茶スペースで、おいしいコーヒーをいただき、海岸に出てみました。
井上靖の「大洗の月」のことをフロントで聞いたところ、今は何も記録も資料も残っていないとのことでした。
アニメで盛り上がっているこの町に、井上靖ではあるまいと思われたことでしょう。
このホテルはみなさん親切で、大洗駅まで送迎バスで送ってくださいました。泊まり客でもないのに、恐縮しました。ご親切な対応に、感激しました。見どころも多いようです。折をみて、ゆっくりと来たいと思わせる大洗海岸でした。
大洗駅から電車で一駅の涸沼(ひぬま)駅に向かいます。
先頭の乗務員室の横から見る景色は、味わいのある懐かしいものでした。
今日の宿がある涸沼駅も、のどかさを味わう旅を実感させてくれるところでした。
ゆったりと温泉に浸かり、まだ腫れの引かない足を労っています。
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