2016年04月01日

吉行淳之介濫読(16)「鳥獣虫魚」「青い花」

■「鳥獣虫魚」

 冒頭文が吉行淳之介の心の中のありようを端的に示しています。


 その頃、街の風物は、私にとってすべて石膏色であった。長くポールをつき出して、ゆっくり走っている市街電車は、石膏色の昆虫だった。地面にへばりついて動きまわっている自動車の類も、石膏色の堅い殻に甲われた虫だった。
 そういう機械類ばかりでなく、路上ですれちがう人間たち、街角で出会いがしらに向かい合う人間たちも、みな私の眼の中でさまざまの変形と褪色をおこし、みるみる石膏色の見馴れないモノになってしまった。
(『われらの文学 14 吉行淳之介』360頁、講談社、昭和41年5月)


 色彩のあるものが褪色しているのです。カラーがモノクロにしか見えないのです。
 そんな中で、匂いは人の個別な違いを識別させてくれるのでした。事務員の女性がそうです。獣の匂いを持った身体の関係を通して、それを感じているのです。
 モノトーンの風景の中で、色を持った彼女は私の部屋に来るのでした。石膏色の人間が、生々しく色彩を見せるのです。
 また、女たちがいる地帯でも、風景や人間が色付くことを感じます。
 会社に返本されてくる書籍の山も、色彩が失われているものでした。本というものを、おもしろい視点で描写しています。
 ある時、街角で人間の色彩を持つ女と出逢います。その木場よう子が、会社の女性を石膏色の存在に変えるようになりました。よう子は、絵具箱を持った、似顔絵を描く女です。私の部屋で、畏れていた色彩が失われなかったのです。
 同僚が殺された後で、非日常の中で色彩が感じられるのでした。色彩をキーにして、ものの見え方が描かれています。
 よう子の身体は、心臓の裏側の骨がないために、肺が鳴るのでした。
 色彩と音が、2人の新しい旅立ちとなります。2人のこれからがどうなるのか、そのことを思い描くと楽しくなります。【4】
 
初出誌:『群像』昭和34年3月号
 
 
■「青い花」

 原稿を書くことに精力を割く麻田和夫を取り巻く、色・音・匂いが伝わってきます。
 また、液体や粘液が身体を包み込むように纏わりついて来ます。
 睡眠薬を大量に飲んだ妻が登場し、和夫の平穏ではない家庭生活がわかります。横たわる妻との非日常の一夜の後、事態は急展開します。
 もがき苦しむ妻の対応に、和夫の妻への淡白な思いが伝わってきました。
 妻の口に差し込んでいる指について、次のようにあります。

「片手の五本の音は彼女の歯のあいだに挟まれている。(『われらの文学〈第14〉吉行淳之介』386頁)」

 この「五本の音」は「五本の指」ではないかと思いながら読み進みました(後で「音」ではなくて「指」が正しいことを確認しました)。
 その口に枕カヴァの布を押し込んで、和夫は家から抜け出したのです。
 タクシーで繁華街に行き、そしてある山の麓の旅館に籠もります。2日間、転々とさまよいます。
 さらに、15年前の過去の事件を思い出して、その湖畔を訪れます。かつての家や思い出は荒廃していました。しかし、現実は過去につながっていたのです。思い出語りが、展開します。
 生きるということの中から、過去と現在が混然として語られます。
 自宅に戻った和夫は、またもや幻覚のような数日を過ごします。
 男と女の関係について解決を見ないという点でも、不思議な読後感を持った作品です。【3】
 
初出誌:『新潮』昭和34年7月号
今回は『われらの文学〈第14〉吉行淳之介』(1966年、講談社)で読みました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | □吉行濫読
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