この学校については、インドに来てから得られた幸運な情報によって、偶然に訪問が実現したものです。
インドに来る前から、視覚障害者の施設について、知り合いに問い合わせていました。しかし、何も情報が得られないままに来ることとなり、今回は諦めていたことです。
それが、デリー日本人会の大野さんを紹介していただき、そこから盲学校で日本語ボランティアとして先生をしておられるナンディさんに電話をし、さらにザ・ブラインド・レリーフ・アソシエーションのCEOをなさっているカイラシ・チャンドラ・パンディ先生へと、芋づる式に電話をリレーして面談に漕ぎ着けたのです。まさに、奇跡とでも言うしかない、連係プレーのなせる技だったのです。
学校の入り口で、白杖を持った生徒さんが下校されるところに出くわしました。
狭い舗道なのに、慣れた手つきで白杖を使って歩いて行かれます。ここに敷かれた点字ブロックが理解できない敷設となっていることは、また後日、デリーの障害者対策としてまとめる予定です。
パンディ先生は、少し遅くなった私と村上さんを、わざわざ外に出て待っていてくださいました。ありがたいことです。
パンディ先生は1961年から日本大使館に勤務しておられ、その後ここにお出でになった方です。流暢な日本語を話されます。
グラウンドでは、生徒達がクリケットを楽しんでいました。インドでは、野球ではなくてクリケットが国民的なスポーツなのです。見えないことが信じられないほど、早い球を遠くまで飛ばしていました。
柔道着を着た生徒や、競歩のように歩く3人連れなど、みんな寮から出てきて運動をしていました。
パンディ先生とはあいさつもそこそこに、学校の中を詳しく説明していただきました。まずは、トレーニングセンターの中から。
最初の部屋では、コンピュータの習得を目指して、キーボードに向かうみなさんの様子を拝見しました。写真は自由に撮影させていただき、私のブログでも紹介していいとのお許しをいただきました。ブログで紹介する場合など、文字よりも写真の方が理解と共感が得やすいのは確かです。
入ってすぐのコンピュータの前では、キー入力の基礎を若い先生の指導のもとに必死に覚えようとする少女がいました。
一番奥には、消えたモニタの前で、スピーカーの音を頼りにキーを叩く生徒がいます。
全盲の彼女にとって、モニタは何の役にもたたず、スピーカーから流れる音声だけが、入力した文字や書かれた文字の確認に必要不可欠な情報源なのです。この、真っ黒いモニタの前に座ってキーを無心に叩いている姿には、いろいろな思いが私の心の中に去来します。
私が基盤むき出しのコンピュータであるマイコンキット「NEC〈TK-80〉」に触ったのは1980年なので、今から36年前になります。その頃は、モニタはまだなくて、電卓のように数字だけが表示されるセグメントが8個ならんでいるものがありました。コンピュータに入出力した情報を小さな窓で確認するのです。それでも、8個の数字を見ながらの操作でした。
この目の前の少女は、何も見えない中で、墨字か点字を思い浮かべて文字列をイメージしているのです。瞑想という言葉を思い出しました。
その手前では、ヒンディー語を入力するために、テーバナーガリー文字を扱っているところでした。複雑な文字の構成を、彼も音を頼りにして考えながらキーを叩いています。
後ろのテーブルには、点字ライターが数台あります。
これについては、19日に再訪することになっているので、その折にうかがうつもりです。
録音室も完備していました。
学生たちが授業を受けたりする教室は、机の形が日本と違います。
一通り案内していただいた後は、パンディ先生のCEO室で、勉強の終わった生徒に来てもらい、立体文字を読む体験をしました。
みんな、行儀良く挨拶をして入ってきます。躾が徹底しているようです。
まず、ヒンディー語とひらがなの立体コピー文字にチャレンジしてくれたのは、18歳で高校1年生(10年級)のシュエーブアリー君です。パンディ先生に励まされながら、真剣勝負の触読です。
彼は先天盲です。しかし、ほんの少しだけ、夕方には見えていたそうです。母と兄が黒板に書いてくれた文字を見た記憶があるとのこと。
ヒンディー語の点字で書かれた、ガンディーの「金の鉛筆のかけら」という文章を、目の前でスラスラと読んでくれました。確かに点字は自由自在に読めることがわかります。しかし、ヒンディー文字は学んでいないので、私が持参した立体コピーを触っても、ヒンディー文字の字形はわからないそうです。お父さんが木工細工で文字を作ってくれたので、英語のアルファベットなら自信があるようです。
木工細工ということばを聞いて、今、科研運用補助員の関口祐未さんが作成中の厚紙凸字のひらがなをとり出して、それを触ってもらいました。
この日は、このひらがなについての感想は聞けませんでした。しかし、日本語検定試験のために、ひらがなを音として点字で勉強しているそうです。今後はひらがなの字形を覚えてみることも、日本語学習には効果的なものとなる可能性があります。
外国語としてのひらがなの字形を習得する方法として、立体コピーや厚紙凸字を活用した研究を、さらに続けていきたいと思います。
触読による文字認識の可能性が、今回の盲学校訪問で広がったようです。
また、次回はアルファベットの立体コピーでの実験をしてみましょう。
シュエーブアリー君は、鎌倉時代に書写されたハーバード本「須磨」の冒頭部分の触読にも果敢にチャレンジしてくれました。
今のところ彼は、ひらがなについては音だけでの習得に留まっています。それには、ローマ字を使った勉強のようです。
この墨で書かれた変体仮名については、その多彩な字形を覚えるところから始まるので、彼にふさわしい教育方法を考えてみたいと思います。
もう一人、昨夏日本に行ったという、サミエル・カーン君も挑戦してくれました。
彼は17歳で、全盲ではなくて少しだけ見えるようです。彼も、英語の立体コピーなら読めると言い切りました。昨夏より日本語にも興味を持ち、以来勉強を始めたところです。今回試みたヒンディー語とひらがなの触読は、村上さんが少し介助をしたのですが、まったく読めませんでした。
彼も、これからに期待しましょう。
今回は、突然のことでもあり、持参した立体コピーではシュエーブアリー君が数字の「2」だけを読みました。これは、世界共通なので当たり前のことです。しかし、触読できた、ということは、これからの展開の可能性を見せてくれた、ということでもあります。
この盲学校については、『ノーマライゼーション』(2015年4月号)の巻頭に、「チャレンジ 将来を担って点字で日本語も習得」という写真を多用した記事で、詳しく紹介されています。パンディ先生も登場しておられます。
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