2016年01月26日

点字による変体仮名版の翻字は可能か(3/伊藤 to 中野)

 昨日の本ブログで取り上げた通り、早速、中野さんから返信をいただきました。
 今回この標題に関する問題を検討する上で、まずは前提となる「源氏物語写本を日本語点字に翻字する意義と目的」に関する確認が、中野さんからの文章に記されていました。

 おおよそ、以下のことが中野さんから提示されています。

(1)点字翻字は、墨字で写本を現行の活字に翻字するときにも共通する問題でもある。
(2)写本に書き留められている情報をどれだけ再現するのか。
(3)源氏物語の点字翻字は、どのような研究に、どのような方法で使われることを想定しているのか。
(4)写本の翻字を「自動音声読み上げにより耳で聞いて読む」という利用方法があること。
(5)変体仮名がユニコードに対応したとき、視読以外の方法でデジタルテキストを利用している人々のことをどれだけ想定しているのか。

 自分の問題意識を整理するためにも、上記5項目を順番に、私なりの当座の私見を記しておきます。
 
(1)点字翻字は、墨字で写本を現行の活字に翻字するときにも共通する問題でもある。

 これは、従来のように、書写された文字を現行のひらがなに置き換えた、便宜的で不正確な翻字の場合に顕現することです。
 従来の翻字は、写本に「なつろ」と書かれていても、「なつろ」としてきました。字母である「古」が変体仮名であることから、明治33年に統制された一文字のひらがなの「こ」に置き換えていたのです。この翻字方法は、研究的な視点から言っても、いかに非学問的な対処であり続けていたのかは、あらためて言うまでもありません。
 これに対して、私は元の写本に戻れない翻字は後世に伝えるべきではない、との立場から、「変体仮名翻字版」という翻字方式を昨年正月より提唱しています。その成果が、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)として結実しています。
 今、写本に書写された文字を翻字する際に、現行の50音に配列されたひらがなは、問題なく点字で表記できます。問題は、変体仮名である「古」を点字でどう表記するか、ということです。
 この「古」などの変体仮名を点字で表記する際のルールを、新たに考えるか、代替的な処置を考案する必要に迫られています。

 
(2)写本に書き留められている情報をどれだけ再現するのか。

 これは、上記の問題の根底にあるものです。
 点字によって「変体仮名版」の再現をすることは、資料を正確に翻字することの原点にあたるものです。目が見えない方々にも、基礎資料として正確なものは必要です。これは、研究という視点で資料を考えた時に、目が見える見えないで区別することなく、等しく基本的な資料は整備しておくことが、ものごとの始発点になると思います。
 そのような厳密な資料は必要がない、ということではなく、あくまでも日本の文化の中で培われ、書き写されることで伝承してきた写本を、まずは正確に翻字したいものです。その次に、一般的な用途に向けての、簡略版とでもいえる現行のひらがなによる翻字方針のものがあってもいいでしょう。現在の翻字資料は、あくまでも暫定的なひらがな一文字政策の縛りの中で、禁欲的になされたものなのです。
 まずは、正確な本文の再現を目指す上で必要な、新たな表記文字としての変体仮名を表現できる点字を考えるべきではないか、と思います。それが6点で実現するのか、8点で構成するものとするのかは、今私は判断基準も私案も持っていません。これは、ご教示を受けながら可能性を求めて考えたいと思います。ここに記していることは、当座の意見であることを強調しておきます。
 とにかく、明治33年のひらがな一文字という統制政策の呪縛から、少なくとも翻字という作業では開放されるべきです。いつまでも、不正確な50音のひらがなによる翻字でごまかしていてはいけません。

 
(3)源氏物語の点字翻字は、どのような研究に、どのような方法で使われることを想定しているのか。

 いろいろなケースが想定されます。今思いつく、一例をあげます。
 私は、現在提唱している「変体仮名翻字版」による点字翻字は、今に伝わる『源氏物語』の写本に写されている本文の違いを表記文字レベルで知り、日本人が書写してきた実態と実相を確認して考えながら、平安時代に書かれていたと思われる文章に想いを馳せる手掛かりになれば、と思っています。
 写本の中での変体仮名の使われ方は、まだその実態が解明されていません。「あ」として使っているひらがなについて言えば、今の「あ」の字母「安」と異なる「阿」という変体仮名は、一体どのような場合に使われる傾向があったのか、などなど、多くの未解決の課題を解決することにつながっていくものと予想しています。
 その点では、想像力豊かな方々の文字に対する感覚を啓発する意味からも、「変体仮名翻字版」による翻字は、今後ともより一層、本文研究には必要不可欠なものとなるはずです。その分野に目の不自由な方々が、ぜひとも変体仮名を表記できる点字を駆使して研究に参加してほしいと願っています。

 
(4)写本の翻字を「自動音声読み上げにより耳で聞いて読む」という利用方法があること。

 これは、翻字の校正などの確認作業には、どうしても導入したいものです。そして、さまざまな形で伝わる異本や異文の違いを考える上で、この本文を読み上げることによる聞き分けという行程の導入は、有効な研究手段となることでしょう。見えないことによる聞く力の鋭敏さを、大いに活用していただきたいものです。

 
(5)変体仮名がユニコードに対応したとき、視読以外の方法でデジタルテキストを利用している人々のことをどれだけ想定しているのか。

 ここで中野さんは、次のように具体的な問題を提示されました。

「か」の変体仮名として「加」「可」「閑」「我」「家」などいくつか想定できるとおもいますが、これは自動読み上げのときは「か」なのか、それとも「変体仮名であり、字母は何である」などの情報も付与されるのか、などということが検討されているのでしょうか。

 これについて、今私に腹案はありません。
 おそらく、説明的な仮名文字の説明になるのではないか、と漠然と思っています。
 根拠はありませんが。

 
 以上、中野さんの第1信への、私なりの現在思い描ける限りの回答です。
 こうした遣り取りを続ける中で、少しでも実現性の高い、可能性のある解決策を見つけていきたいと思っています。
posted by genjiito at 00:02| Comment(0) | ■視覚障害
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