2015年12月20日

古写本で文字を書き止している箇所の表現方法

 一昨日の本ブログに、「ハーバード本「須磨」の翻字の一部を訂正します」(2015年12月18日)という記事を書きました。
 そこでは、なぞった文字となぞられた文字に関するデータベース化にあたり、「なぞった文字は直下の一、二文字に意識が滞留したために、思わず知らず写し忘れていたことに起因する」例を検討した結果として、5例の翻字を補正する報告をしました。

 その中の(D)で、「あけ尓あさ可ら須/前あ$、△&け」(「須磨」9ウL2)については、「あけ尓あさ可ら須/前あ$、佐〈書止〉&け」に訂正しました。

 そこで〈書止〉という付加情報を施したことに関して、つぎのような説明をしています。


 ここで付加情報として記述した〈書止〉という符号は、今回新たに設定するものです。今後の「変体仮名翻字版」では、この記述を取り込んだ翻字方針で臨みたいと思います。


 この〈書止〉という付加情報符号の新設について、さらに追補する用例が見つかりました。そこで、〈書止〉に関する補足説明をしておきます。

 まず、〈書止〉(書き止し)という用語について。

 『日本国語大辞典』によると、「かき‐さ・す 【書止】」という立項のもとに、次のように記されています。


〔他サ五(四)〕(「さす」はある動作を中止する意)
書いていて途中でやめる。途中まで書く。
*蜻蛉日記〔974頃〕下・天延二年「やもめずみしたる男の、ふみかきさして」
*百座法談〔1110〕二月二八日「為陵しふしふに法花経の文字六十四字をかきさしてねたる夜のゆめに」
*十六夜日記〔1279〜82頃〕「いそぎたる使ひとて、かきさすやうなりしを、又ほどへず返しし給へり」


 また、「【書止】言海」ともあります。

 これによって、「書き止し」ということばは古くから使われていたことがわかります。
 そこで、『源氏物語』の翻字本文データベースに〈書止〉という付加情報用の符号を新設することにしたのです。

 今回調査対象とした「須磨」「鈴虫」「蜻蛉」の3巻の写本に認められるなぞりに関する箇所で、さらに次の2例に〈書止〉という用語を追記して翻字データベースを補正したいと思います。

[補正1]「ひやく/△&ひ」(「鈴虫」36ウL7)


Photo




 「ひ」の下に書かれている文字は、次の「や」を書き止したものと思われます。「く」が行末の文字であることからも、書写者は次の行へ意識が向いていたために、不必要な目配りがこうした書き止しという現象となってしまったと思われます。
 ここでの翻字は、書き止していることを示す付加情報としての〈書止〉を用いて、「ひやく/や〈書止〉&ひ」に訂正したいと思います。

 この用例については、先月11月 6日の放送大学での講義で、受講生の方から質問として指摘を受け、以来その対処を思案していたものです。すでに『源氏物語別本集成 全15巻』(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、桜楓社・おうふう、平成元年〜平成14年)と『源氏物語別本集成 続 全15巻』(同編、おうふう、平成17年〜刊行中)において、〈中断〉という付加情報を苦し紛れに使ったことがあるように思います。
 それを、今回〈書止〉という用語で翻字方針を統一することにしたしだいです。

[補正2]「お〈改丁〉ほゆる/おほ&ほゆ」(「蜻蛉」27オL10〜ウL1)

 「おほゆる」という文字列を、丁の表から裏にかけて書写する場面です。

2〈丁末〉




 上の写真のように、27丁表10行目(最終行)の丁末で、「お」と書いてから丁をめくり、新しい紙面の行頭に「ほゆる」と書いているところです。


3(丁頭)




 ここで書写者は、紙をめくる時まで覚えていた「お」はすでに前の丁末に書いてしまっていたのに、そのことを忘れたようで、新しい頁に「おほ」と書き出したのです。
 しかし、「お」と書いたすぐ後に、それも「ほ」の左側の縦線を書き出したところで、すでに「お」は丁をめくる前に書いた文字であることに気づいたようです。そこで、「ほ」の一画目で書き止したまま、筆を行頭に持っていって2度目に書いた「お」の上に「ほ」となぞり、続けて「ゆる」と書いたのです。

 このような例をデータベース化するにあたり、〈書止〉という符号を用いて、ここでは次のような付加情報を伴う記述とすることにしました。
 「お〈改頁〉ほゆる/おほ〈ほ書止〉&ほゆ」

 〈書止〉という書写状態について、「須磨」1例、「鈴虫」1例、「蜻蛉」1例において、手元で構築している本文データベースに追記することにしました。

 新しい翻字方針の補訂となるため、ここに報告し、現在翻字作業を進めてくださっているみなさまへのお知らせとします。

 もし現在、こうした例があったことに気づかれた方は、より正確な翻字本文データベースを構築するためにも、ご連絡をくださいますよう、よろしくお願いいたします。
posted by genjiito at 20:24| Comment(0) | ◎源氏物語
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