2015年10月30日

放送大学で歴博本「鈴虫」を読む(その1)

 快晴の朝、地下鉄丸の内線の茗荷谷駅前にある放送大学東京文京センターで、専門科目の講座を担当して来ました。

 東京文京センターは、筑波大学東京キャンパス文京校舎との合同庁舎の中にあり、放送大学の受講施設の中でも最大規模の学習センターです。
 次の写真は、帰りに写したものです。


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 正門前のオブジェがかわいいので、この小さな公園からの風景が気に入っています。


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 放送大学は、何よりも受講生のみんさんの意欲と熱気が直に伝わって来る、すばらしい教育環境の中にある学習センターです。

 東京の宿舎では、放送大学のチャンネルが3つ受信できるので、折々に講座を視聴しています。
 日本にこうした施設と教育システムがあることは、もっと多くの方々に知っていただきたいと思います。そして、多くの方が大いに利用し、自分の生涯学習のためにも活用なさったらいいと思います。

 私は昨年度に引き続き、「専門科目:人間と文化」の中で「歴博本源氏物語「鈴虫」を読む」という科目を担当しています。

 この日のために私が用意したテキスト『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』が、書店に注文したのに今日までに届かなかった、という方が何人かいらっしゃいました。
 どうしましょう、と言われても私には名案が浮かばないところを、事務の方がうまくサポートして対処してくださいました。本当にありがとうございました。
 お陰さまで、みなさまの手にテキストが行き渡り、安心して講義が始められました。

 最初に10種類のプリントを配布して、みなさまの反応を見ながら内容を組み立てて進めました。

今日の内容は、以下の通りです。


【概要(シラバス)】
 千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館が所蔵する、重要文化財『源氏物語 鈴虫』を読みます。これは、米国ハーバード大学が所蔵する『源氏物語 須磨・蜻蛉』と兄弟本で、鎌倉時代中期に書写された現存最古の写本の一つです。完成度の高い美術品とも言えるものです。
 今回は、その「鈴虫」を全頁カラー印刷した影印本を使い、平仮名の元となった字母を確認しながら読みます。翻字は、本邦初といえる「変体仮名翻字版」です。これについても詳しく説明します。写本を読む技術と異文についても一緒に考えていきます。

【メッセージ】
 鎌倉時代の人が書写した『源氏物語』の写本である、ということを強く意識して読んでみましょう。現代の読書体験との違いを実感してください。また、長大な異文についても、一緒に考えてみましょう。

【テキスト】
『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子 編著、新典社、2015年10月)

【テーマ】
◎十月三十日(金)
第1回 二千円札紙幣に描かれた『源氏物語』の絵と本文から見える問題
第2回 米国にある『源氏物語』−ハーバード大学本と米国議会図書館本−
第3回 歴博本「鈴虫」を読む(1)−平仮名と変体仮名のおもしろさ−
第4回 歴博本「鈴虫」を読む(2)−「変体仮名翻字版」の翻字とは−


 午前中は、ひらがなに関する理解と問題意識を広げてもらうことに集中しました。
 これまでのひらがなの歴史と、これからネットワーク社会で展開する変体仮名について、予定していた内容を少し変更してお話しました。

 午後は、鈴虫の本文を変体仮名に注視しながら読みました。
 反応がよかったので、予定した分量以上に進むことができました。

 私がこの写本の筆者について、その人間像を勝手に想像していることも話しました。
 例えば、第1丁オモテ丁末に、「おなし」の「し」が次のように書写されています。


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 このように、「し」という文字で隅をぐるりと囲うような例はめずらしいものです。おそらく、この書写にあたっては檜製の糸罫という道具を使って、行がまっすぐになるように書いていると思われます。四角い空間に糸で縦の境界を作り、その間に文字を写し取っていくのです。

 その左下の枠を特に意識したかのような「し」には、この筆者の拘りがあるように思うのです。
 遊び心を持って、書写を楽しんでいるようです。

 ここに例は挙げませんが、縦長の「し」で字間を調節する場面が散見するのも、そうした意識のあらわれだと思います。

 また、第2丁オモテに「可多み尓・みちひき」とあるところで、「み」を連続して書き、しかもその字形を微妙に変えているところがあります。これなどは、筆写者の自信溢れる書写意識の一端を、意図的なものとして垣間見させるところではないでしょうか。


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 「新」「勢」「徒」「葉」など、画数の多い変体仮名も多用しています。

 私は、こうした点に、この書写者が持つ顕示欲の一部を見たような気がしています。
 と、そんなことを話すと、すかさず「親本通りの字母で書いていないのですか?」という質問を受けました。

 ツレであるハーバード大学本の「須磨」と「蜻蛉」は、親本通りの字母で書写する傾向がありました。字母を親本と違えて書いたときなどには、わざわざ字母を訂正してなぞったりしています。
 しかし、この歴博本「鈴虫」では、そのような兆候は最初を見る限りではうかがえません。

 勝手な想像で恐縮ながら、この写本の書写者は、親本どおりというよりも、自分の美意識が勝った書写態度のように見受けられます。あくまでも、想像の域を出ない、勝手な妄想ですみません。

 その他、いろいろな質問もいただきました。とにかく、みなさん熱心です。
 目が見えないお知り合いをお持ちの方からの相談を受けました。
 私にとっても、充実した大変貴重な時間でもありました。

 次回は、次の内容を用意して臨むことにしています。


◎十一月六日(金)
第5回 古写本はどのようにして書写され、製本され、伝えられて来たのか
第6回 歴博本「鈴虫」を読む(3)−長大な異文を持つ「国冬本」−
第7回 歴博本「鈴虫」を読む(4)−書写者の意識と無意識のミスと−
第8回 古写本を読むことと、市販の活字による校訂本文を読むことの違い
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ■講座学習
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