2015年09月23日

電子テキストを一括置換した痛恨のミス

 来月下旬に、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(伊藤鉄也・阿部江美子・淺川槙子編、新典社)が刊行されます。その最終校正をしていて、痛恨のミスに悔しい思いをしています。

 コンピュータに関わって30年。これまでに多くの方々に「一括置換」の怖さを語ってきました。
 他人へのアドバイスが、今になって禍事として我が身に降りかかってきているのです。
 一括置換の誘惑に負けてしまったのです。

 本年正月より、古写本の翻字は「変体仮名翻字版」に移行する決断をしました。
 そのため、刊行予定だった歴博本「鈴虫」については、従来の翻字ではなくて変体仮名を交えたものにすることにしました。昨年末に入稿した「鈴虫」の版下も、あらためて「変体仮名翻字版」に組み直しをしていただきました。

 すでに、刊行した『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」』(新典社、2013・2104年)の翻字も「変体仮名翻字版」に作り替え、今回の歴博本「鈴虫」に付録として収載する作業を突貫工事で進めました。一括置換の悲劇は、このときに起きました。

 手元には、「須磨」と「蜻蛉」の字母を基にした翻字データがありました。そこで、現行のひらがなの字母だけを書き換えれば、それで新たな「変体仮名翻字版」が出来上がります。
 やることといえば、「安」を「あ」に、「以」を「い」に書き換えます。「阿」や「伊」などの変体仮名はそのままにしておけばいいのです。

 そこまではよかったのです。ところが、その作業過程で楽をしようとして、ついうっかり手抜きをし、今にいたるまで膨大な手直し作業が発生するという、悲惨な状態になったのです。
 作業時間を節約するために、やってはいけない一括置換の誘惑に負けて、一気に片づけようとしたのです。

 確認作業で、実際に写本の写真と翻字を比べ合わせし出してから、目を疑うような事態に愕然としました。変換の必要がない多くの文字が、予想外に変換されていたのです。

 写本と翻字をもう一度見直すこととなり、不正確だった翻字などのいくつかが見つかりました。それはよかったことです。字母を確認して見ていくと、おのずと一文字ずつをじっくりと見つめます。
 しかし、それが慰めになるにしても、あまりにも膨大な手数と時間をこの確認と修正作業に費やすこととなり、大失態の対処に翻弄されました。今もそうです。

 手元で更新・管理をしているエクセルによるデータベースの修正と、版下となった元データの修正、そしてゲラに補訂の記入等をするのに、この3ヶ月ほどは、ほぼ毎週のように手を入れていました。

 写本の写真をじっくりと見直し、その確認をしてからゲラに書き込んでいるうちに、つい関連する他のデータの修正にも気が散ったことがしばしばで、ゲラへの書き込みを忘れがちです。
 パソコンを中心として、机の周りに何種類もの資料を広げ、全方位に目を配りながらの神経を磨り減らす日々でした。

 「変体仮名翻字版」では、漢字として使用されている場合には、隅付き括弧(【 】)を使います。「世の中」の場合は、「【世】の【中】」となります。この例の場合には、「よ」を「世」に一括置換してから「世」を「【世】」にしました。ところが、「世」にする必要のないケースもあるのです。結果的には、二重三重のミスとなっていくのです。

 いやはや、このシルバーウィークは、こうしたモグラ叩きとでもいうべき作業の最終チェックに追われていました。
 これを、無為な時間と思わないことにします。これによって、やってはいけない痛恨のミスを自覚し、さらには、新たにいくつもの翻字の間違いや修正個所が見つかったのですから。
 災い転じて福となるように、もう少し詰めを慎重に進めます。

 なお、今回の翻字で、あまりにも煩瑣なことになるために統一できなかったことがあります。それは、小さく書かれた「こ」「と」「二」「尓」です。とにかく、字形が紛らわしいのです。


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 今回は、周辺の書写字形に類似するものから判断して確定したものがあります。

 こうした翻字の問題は、書写された字形をどう読み取るか、ということと、文としての意味を勘案しながら翻字する必要性との、さまざまな要因のせめぎ合いでもあります。
 これをいい経験として、さらに有用な翻字資料となるように、文字を読む感覚を養っていきたいと思います。
posted by genjiito at 22:59| Comment(0) | ◎源氏物語
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