2015年07月27日

谷崎全集読過(24)『春琴抄』

 大阪の下寺町にある、鵙屋家のお墓の話から始まります。
 この地域は、私が高校時代にテニス部の基礎練習で走り回った一帯です。それだけに、地理的にも環境や雰囲気もイメージが膨らみます。

 春琴のお墓の横には温井佐助検校の墓石があり、この物語を少しでも知っている者にとって、この幕開けはこれから始まる話に胸をわくわくさせることとなります。

 ただし、本作も『盲目物語』同様に、地の文と会話文とが渾然一体となっています。また、句読点も省略されることが多いので、日頃このような、文の切れ目が不明確な文章を読み慣れていない方は、読み進むのに難渋されることでしょう。
 しかし、谷崎一流の問はず語りを実感できる、味のある小説手法だと思います。

 物語は最近筆者の手に入った小冊子『鵙屋春琴伝』を引きながら進みます。

 春琴は、9歳の時に失明します。風眼によるか、ともあり不明です。
 その後は、得意だった舞技を断念し、琴三絃の稽古に励むのです。
 5、6歳のときから手解きは受けていたとはいえ、眼さえ見えたら音曲には行かずに舞をしていた、とも言います。

 春琴の師である春松検校の稽古場は靫にありました。
 この靫にある公園へ、私は高校時代によくテニスをしに行きました。ここも、先の下寺町と同様に、物語を読みながら背景を想像して楽しめました。
 これまでにも何度か書いたように、物語や小説は、その背景を知っていると読みやすいものです。フィクションは事実と異なるとはいえ、やはり親しみを持って読むのも、読書の楽しみの一つだと思っています。

 さて、丁稚佐助(後の温井検校、春琴より4歳上)は、道修町にあった鵙屋から毎日春琴の手を曳いて、稽古に通っていました。
 その佐助は、春琴失明後の13歳の時に鵙屋に奉公に来たのです。
 そして佐助は、「彼女に同化しようとする熱烈な愛情」(213頁下)と生来の才能で、後に検校にまで昇り詰めます。

 本作中には、谷崎の盲人を見る視点が、いろいろと垣間見えます。語られている言葉をありのままに引くことで、確認としておきます。


〔佐助は彼女の笑ふ顔を見るのが厭であつたといふ蓋し盲人が笑ふ時は間が抜けて哀れに見える佐助の感情ではそれが堪へられなかつたのであらう。〕(211頁下段)
 
もと/\我が儘なお嬢様育ちのところへ盲人特有な意地悪さも加はつて片時も佐助に油断する暇を輿へなかつた。(212頁下)
 
觸覺の世界を媒介として觀念の春琴を視詰めることに慣らされた彼は聽覺に依つてその缺陷を充たしたのであらう乎。人は記憶を失はぬ限り故人を夢に見ることが出來るが生きてゐる相手を夢でのみ見てゐた佐助のやうな場合にはいつ死別れたともはつきりした時は指せないかも知れない。(258頁上)


 春琴の妊娠のことでは、2人の性格が鮮明に描出されます。春琴が佐助を見る蔑みの態度や、その虐める姿からも、春琴の特異な性癖がことば巧みに描かれます。ここには、谷崎自身の姿を彷彿とさせるかのように、非常に具体的です。

 鶯や雲雀を愛する春琴も、高雅な趣味に浸る姿として活写されています。

 語り手が自作で述べた持論を紹介するなど、話題を事実らしくする工夫も見られます。


嘗て作者は「私の見た大阪及び大阪人」と題する篇中に大阪人のつましい生活振りを論じ東京人の贅澤には裏も表もないけれども大阪人はいかに派手好きのやうに見えても必ず人の氣の付かぬ所で冗費を節し締括りを附けてゐることを説いたが春琴も道修町の町家の生れであるどうして其の邊にぬかりがあらうや極端に奢侈を好む一面極端に吝嗇で慾張りであつた。(237頁下)


 ここに引かれている「私の見た大阪及び大阪人」は、『谷崎潤一郎全集 第17巻』に収録されているものです。

 佐助が春琴のことを思って盲目になってからは、これまで以上に2人の世話をした鴫澤てる女が物語を補強する役を担います。読者を飽きさせない、物語の構成にも配慮が行き届いています。

 本作は、私がイメージしている谷崎潤一郎らしさが詰め込まれた、完成度の高い作品だと思います。【5】
 
 
初出誌︰『中央公論』昭和8年6月号
『谷崎潤一郎全集 第十九巻』(昭和33年1月発行、中央公論社)所収
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | □谷崎読過
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