2015年07月24日

ハーバード本「須磨」の紛らわしい翻字の訂正

 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(伊藤鉄也編、新典社、2013年)における紛らわしい文字の翻字例を確認し、併せて訂正しておきます。
 
(その1)
 これまでの翻字を訂正して〈判読〉を付す例(41丁裏4行目、98頁)

 これは、『源氏物語別本集成 続』の文節番号でいうと、123444に当たる所です。
 まず、画像を見てください。


150724_ran




 これは、前の行が「思」で終わり、それに続いて行頭から書写されている文字列です。

 『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』では、「思はん」と翻字しました。

 この丁の3行前には「思らん」があります。


150724_ranl1




 また、この2行後には、「おもふらん」とあります。


150724_ranl6




 平仮名の「ら」は、よく紛らわしい姿で書写されています。
 以前、ハーバード本「蜻蛉」における変体仮名の「者」について書きました。参考のために、その記事を引いておきます。

「ハーバード大学本「蜻蛉」巻の紛らわしい「者(は)」」(2015年05月21日)

 さて、本日の記事の最初の例にあげたものは、「はん(者无)」よりも「らん(良无)」の方がいいようです。

 手元の本文データベースで諸本(19本)を確認したところ、宮内庁書陵部蔵三条西家旧蔵本のみに、「思はむ/は$ら」とあります。最初に書いた「は」をミセケチにしてから、それを「ら」と直しているのです。「は」と「ら」が紛らわしかった所であることがわかります。

 このことは、「変体仮名翻字版」を作成している過程で、字母を確定していて気付きました。
 変体仮名の字母に注意して翻字を進めると、置き換えて済ませていた所が、あらためて字母レベルでのチェックをすることになり、より正確な翻字となっていきます。

 今の場合、現在構築中の本文データベースの表記法で正しく示すと、「思らん/ら〈判読〉」となります。「ら」には、いましばらくは〈判読〉を付しておいた方がいいと思います。
 これまで通りの翻字で、ここを「変体仮名翻字版」に置き換えると「思者ん」としてしまうところでした。うっかり素通りしかねない、危ないところでした。
 
 
(その2)
 説明注記の削除(42丁裏2行目、100頁)

 次は、『源氏物語別本集成 続』の文節番号でいうと、123523に当たる所です。

 画像には「五六人」とあります。


150724_56nin




 この「五」と「六」の間に、薄墨で点が打たれているように見えます。
 そこで、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』の翻字では、付加情報として「五ト六ノ間ニ墨デ中黒点アリ」という注記を付しました。

 しかし、ここで中黒点に見えるのは、実は「五」の一部であることが、36丁裏5行目の「五」から再確認できました。


150724_45mai




 二つの「五」をじっと見つめていると、共に同じ「五」であることがわかります。
 したがって、「中黒点」という説明的な傍記は間違いであるために不要となり、この付加情報は削除することになります。
 これなどは、もっと筆の軌跡を目で追っていれば避けられた誤読です。

 現在、これまでに構築した『源氏物語』の本文データベースのすべてを「変体仮名翻字版」に書き換えるために見直しをしています。
 データベースの再構築というのは、とにかく膨大な人手と時間が求められます。
 その過程で、こうしたいろいろな見落としや勘違いが見つかります。

 いつ終わるとも知れぬ、果てしない旅に出ている気持ちです。
 これは、3世代100年はかかるプロジェクトだと自覚しています。
 しかし、100年でメドが建つのか、はなはだ心もとなくなってきました。
 それでも、「変体仮名翻字版」の翻字に積極的に、協力して取り組んでくださる方々は、少しずつ増えています。有り難いことです。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉を立ち上げてよかった、と思っています。

 日々、古写本に向かい、数百年前の書写者と対話を楽しんでいます。
 これを好機として、より正確な『源氏物語』の本文データベースを目指して、一歩ずつ前を向いて1文字ずつを見つめて翻字しているところです。

 さらなるお手伝いをしてくださる方々を、心待ちにしています。
posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ◎源氏物語
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]