2015年07月14日

古写本『源氏物語』の触読【成果の記録】(盲学校の先生の場合)

 ちょうど1ヶ月前(6月15日)のことでした。
 日本盲人福祉委員会常務理事の指田忠司先生からご紹介いただいて、盲学校高等部国語科のW先生に触読に関するお願いのメールを送りました。ハーバード大学本『源氏物語』の「須磨」巻の立体コピーを触読する取り組みについてのことです。

 すぐに、以下の返信が来ました。


中途失明の全盲です。
もとは弱視で、大学時代は源氏物語を少々かじりました。
見えていた時は、書道を続けていたので、変体仮名がどう使われているのか、楽しみです。


 早速、「須磨」巻の巻頭部分の立体コピーを送りました。
 原寸、1.5倍拡大、2倍拡大の3種類の大きさのものです。
 この立体コピーについては、「3種類の変体仮名の立体コピーを作る」(2015年06月16日)の記事の写真を参照してください。

 届いた頃を見計らって、連絡しました。
 すぐ(6月18日)に返事が来ました。


今、触っていたところです。
ノーヒントでどのくらいいけるかと、
出だしは
「よのそ」ですか?
須磨なのですね
原文を探したら、
わかったつもりになってしまうので、
もう少し、
自虐的な時間を過ごしたいと思います。


 見えない中で、自分と闘いながら触読のテストをしてくださっていることが伝わる、私にとっては感激するメールでした。
 「自虐的な時間」とおっしゃることばから、まさに手探りの中で古写本『源氏物語』に挑んでおられることに、感謝の念でいっぱいになりました。
 「よの中」を初見で「よのそ」と触読されたことから、漢字の読み取りがいかに難しいことであるかがわかりました。しかし、「須磨」巻は漢字が少ないので、このことは何も問題とはなりません。とにかく、変体仮名をどのように読まれるのか、ということが最大の関心事となるのです。

 それから2週間半後(7月6日)に、私が送った立体コピーが読めたので翻字テキストを添削してほしい、という連絡を受け取りました。ほとんど正確に読み取られたテキストを拝見し、私の到達目標の一つが達成されたことを実感しました。
 読めるはずだ、という期待が現実のものとなり、朗報をうれしく噛み締めました。
 貴重な記録となるので、その時の文面の一部(少し調整)を引きます。


昨日、源氏物語の写本の触読をなんとか
最後までやってみました。
が、よくわからない部分が残っています。

実は、実家の母が、
元高校の書道の教員でありまして、
私も弱視で見えていた時は、
高校・大学と書道部で仮名を書いておりましたが、
だいぶ変体仮名を忘れているので、
母に来てもらい、解読を手伝ってもらいました。

原寸大は触読するには、小さくて、よくわかりません。
二倍のだと、学生時代に自分が書いていた
大きさに近いので筆遣いを追えます。

でも、変体仮名の使い方に癖というか、
このみがあるので、

この写本は
「と(止)」が多いのですね。
私は、「登」の方がきれいなので、「止」は
創作で散らし書きするときは好んで使いませんでした。

「本」とか、「於」など、
指を持ってもらって動かして思い出すものもあり、
15年以上筆を持っていなかったので、
思い出し切れていないというか、
納得しきれていないのですが。

二倍のものにはない部分で、
原寸大では
触ってもよくわからないところが後半にありました。
母にもよくわからない部分が二か所。

解読したものを添付します。
違っているところをご教示ください。


 私からは、現在進めている「変体仮名翻字版」による翻字例をお送りしました。
 加えて、以下の質問をしました(7月9日)。


(1)どのようにして読まれたのか。
(2)読み難かった文字は何か。
(3)どのような立体コピーを用意すればいいのか。
(4)どのような参考資料や情報があればいいのか。
(5)半丁を読まれての感想と今後への要望。


 これに対して、翌日すぐに回答がありました。
 ここにも、その文面の一部(少し調整)を引きます。
 あらためて、本ブログでの紹介に理解を示していただきました。
 ありがとうございます。


以下 質問の回答です。

(1)どのようにして読まれたのか。
まず送られた立体コピーをノーヒントで触りました。
「送りましたメール」をいただく前で、大きさが3種類、4部ずつと知らずに、
一番大きい二倍で触り、
出だしのひらがな「よの」、ところどころの「し」「く」などしかわからず、文脈が
想像できませんでした。どこの巻かも。「いづれの御時」でないことはわかりました。
その後、メールで須磨の冒頭と知り、しばらく触っていても進展がないので、自宅
で息子に参考書から須磨の冒頭を読み上げてもらい、音声パソコンに打ち込みました。
たぶん、大島本系統でしょう。
サピエで点訳データを探したのですが、古文表記の原文が探せませんでした。
パソコンの原文をヒントに触りながら変体仮名を推測し、原文に漢字を当てていきました。
原寸大では全然読めなくて、二倍が学生時代に書いていた仮名の大きさに近いので
筆遣いが想像できました。
それでも二倍の立体コピーは文章が途中で切れるので、意味が通じないところがあ
り、7/5に書道の元教員の母に出てきてもらい、指を動かしてもらって、変体仮名を
思い出すのを手伝ってもらいました。
 
(2)読み難かった文字は何か。
止、志、新、那、本、奈、堂、於、春
「可」で上の点画があるものとないものがある。それが「万」と紛らわしい。
文脈から推測するも不十分。
一度触ればわかるもの 「里、万、須、徒」
 
(3)どのような立体コピーを用意すればいいのか。
二倍サイズで最後まであるとよい。
が、その後、触っていると、つい昨日のことですが、原寸大でも読めてきた!
二倍ではわからなかった最後の行の冒頭の「三」が
原寸大だと「三やこ」とつながって認識できる。触り足りなかったかも。

 ※伊藤注:原寸大の触読については、すぐに次の訂正メールが来ました。

さきほど、学校から送ったメールの中で、勘違いがありました
原寸大で読めた最後の行の冒頭「みやこ」は、
二倍、1,5倍にはない部分でした。
「三」に読めるわけないですね。
「むかしこそ」ですから。

 
(4)どのような参考資料や情報があればいいのか。
・原文データ 音声パソコンで耳ですっきり入るひらがなだけのもの。
   意味を取りたいので。
・翻字データ 今回つけていただいたもの。
・変体仮名の触読できる一覧(立体コピー)
   触り比べて当てはめる楽しさ。
 
(5)半丁を読まれての感想と今後への要望。
久々に知的な刺激で楽しかったです。
原文を味わうことが、点字使用になるとなかなか困難です。
古文点訳は、歴史的仮名遣いで忠実に正しく点訳されているのを探すのが難しいです。
教科書に載っているものはほんのわずかで、進学校がテキストとしているような
参考書の点訳を探してまでは読む余裕がないです。日々の仕事で忙殺されてます。

 
 この回答を見ていると、全盲の方々に古写本『源氏物語』を触読していただく上での、重要なヒントが数多くあることに気付かされます。

 こうした遣り取りを繰り返す中で、よりよい触読のための環境作りを進めたいと思います。

 先週金曜日に、共立女子大学で学部の学生さんに触読していただいたことも、経験の積み重ねとして貴重な体験です。

 いずれも、現在進行形で語れる調査研究であることが、本課題の推進力であり魅力だと言えるでしょう。

 「古写本『源氏物語』の触読研究」は、こうして着実に成果をあげながら、先の見えないトンネルを抜けつつあります。
 多くの方々のアドバイスを受けながら、さらに触読実験を続けていきます。

 現在は、ここに紹介したW先生と直接お目にかかり、触読ができた経緯のさらなる聞き取りと、今後の対処を話すための打ち合わせの日程調整に入っています。
 進展がありましたら、またここに報告いたします。
posted by genjiito at 12:30| Comment(0) | ◎源氏物語
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