2015年06月19日

谷崎全集読過(22)『吉野葛』

 作者は少年時代から『太平記』を愛読し、南朝の秘史に興味があったことから、自天王を中心とした歴史物語を書こうと思う、と言います。

 吉野の地が歴史地理案内のように詳細に語られます。その中で、今と昔が渾然となって、行きつ戻りつしながら語られていくのです。日本文化に対する深い理解と共感が滲み出ている、大和美を描こうとする意気込みが伝わる語り物です。

 同行の一高時代の友である津村を通して、大阪人の気質も語られています。関西への興味と関心の現れでしょう。ただし、この津村が好きになった女性の話が中途半端なままに閉じられていることに、物足りなさを感じます。津村の扱いが、この作品では未熟だと思いました。

 記憶にあることとして、盲人の検校のことが出てきます(新書判『谷崎潤一郎全集 第19巻』、24頁下段)。箏曲に関する話も、この作品の雰囲気に溶け込み、いい味付けとなっています。
 その中で、琴の挿し絵が一葉あります(41頁上段)。


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 この図がここに挿入されている意図が、私にはわかりませんでした。
 『盲目物語』に三味線の図が添えられていた必然性はよくわかります。「谷崎全集読過(21)『盲目物語』」(2015年02月03日)で取り上げた通りです。
 しかし、ここではどのような必要性があって置かれたのでしょうか。

 葛の葉の子別れなどの話を通して、母恋いの気持ちが語られます。
 これは、谷崎の潜在意識の中にある女性観を示すものだと思われます。

 吉野の山中を語る中では、紙を漉くシーンがみごとに描かれています。
 特に、女性の指先が印象的でした。

 この物語を読み進みながら、話の帰結点がなかなか見えてきません。これは、作者に話をまとめようという気がないからのようです。人間が溶け込んでいく、吉野の山中の雰囲気を描くところに、作者の意図があるように思いました。

 当初の計画であった歴史小説は、形を成さなかったと言って終わります。本作では、物語展開のおもしろさは、最初から追っていなかったことがわかります。

 特におもしろい話が繰り広げられるわけではありません。しかし、余韻として残るイメージが、読後に残像として揺曳します。日本人と日本文化が描き出されているところに、言葉による語り物の到達点が留め置かれたと言えるでしょう【3】
 

初出誌:『中央公論』昭和6年1月号・2月号
posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | □谷崎読過
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