2015年06月10日

井上靖卒読(199)『本覚坊遺文』

 利休はなぜ申し開きをせずに自刃したのか、ということをテーマとする小説です。

 作者の手元に、慶長から元和時代の茶人の手記がある、ということで語り出されます。
 和紙20枚ほどを綴じた冊子が5帖、ぎっしりと細字で埋めてある物だそうです。
 これは、千利休の弟子であった三井寺の本覚坊が書き残した日録で、それを現代風の手記としてまとめた、という体裁をとる物語です。

 師利休の傍らで、31歳の時から茶の湯の裏方を勤めていた本覚坊の語りが展開します。
 師の賜死事件は、本覚坊が40歳の時でした。

 その後、修学院に引きこもった本覚坊は、今、師利休とのことを問はず語りするのです。
 太閤秀吉から京を追放され、淀川を下る船中の利休は何を思っていたのか。本覚坊は、死を賜る運命を見透かしていた、と言います。

 第二章は、慶長8年の話。
 山上宗二が書き残したお茶の奥義書。これは、世に言う秘伝書で、分厚い和綴じの冊子として出てきます。元は巻物だったのを、和紙60枚に写し取って、冊子に仕立てた物でした。表紙には、「山上宗二記」と書かれています。
 岡野江雪斎は、これを利休晩年の弟子である本覚坊に読み解いてもらいたい、と言って齎したのです。

 小田原落城の時に、山上宗二がどうしていたのかが話題になります。
 攻める方の秀吉方に利休はお茶を出し、攻められる方には宗二がお茶を出していたのです。

 本覚坊は、この写本を写し取ります。
 「珠光一紙目録」を3日で書写しました。
 その後、「茶湯者覚悟十体」「茶湯者之伝」「奥書」を一気に書写し終えます。
 巻末の慈鎮の和歌に、宗二の憤懣と感慨を読み取っています。

 利休の死から13年、秀吉の死から5年。本覚坊は写本を横にして、三畳のお茶室で江雪斎に問われるままに、師利休と兄弟子宗二について語り合います。

 本覚坊がお茶を点てながら、今は亡き師と語り合う場面は、井上靖がよく用いる、死者との対話となっています。今と昔を渾然一体と包み込み、亡き人を今の世に呼び戻して語らせる手法です。

 第三章は、今を時めく大宗匠である古田織部の話。
 67歳になった織部に招かれて、59歳の本覚坊はお茶をいただきます。慶長15年のことです。利休が織部たちと最後の別れをしたのが、ちょうど20年前のこの日、2月13日でした。江雪斎は、前年に74歳で亡くなっています。

 利休が削った二本の茶杓は、「なみだ」と「いのち」と銘がつけられていました。赤楽茶碗の「早船」についての逸話も出ます。
 そして、話は死を賜った利休最後の気持ちをめぐる談義となります。
 1年半後、再度織部に招かれます。話は「鷺絵」のこと。そして、自然のままに自刃した話に。

 第四章は元和3年、織田有楽との話。
 織部が、利休と同じように自刃した後です。
 あの山崎の妙喜庵にいたのは利休と宗二、そしてあと一人が誰だったのかに思い至ります。織部だったのだと。
 3人ともに腹を切ったのは、そこに盟約があったのではないか、と本覚坊は思うのです。

 第五章は、元和5年の話。
 太閤の茶会のことを、利休の孫である宗旦に語ります。
 特に、天正12年に大坂城の大広間で催された御壺口切の茶会や、3年後の前代未聞の大茶会のことなどなど。
 やはりと言うべきか、利休が太閤から賜った死についても語ります。
 本覚坊は、太閤の怒りの原因を、利休が朝鮮出兵に何か口走ったことにあるのでは、と推測しているようです。

 終章は、元和7年。
 有楽が亡くなった後、本覚坊は利休とその弟子たちのことを回想します。
 いつしか、利休と太閤のやりとりが現前します。そこで利休は、紹鴎が言う「枯れかじけて寒い心境」に得心したことを語るのです。作者である井上靖は、ここに利休の自刃の背景を読み取ったようです。
 しかし私には、最後までこの意味が理解できないままでした。

 本覚坊は、利休と夢の中の茶室で言葉を交わします。そこに次から次へとお茶に縁のある人々が、4、50人もの方々が回り灯籠のように、たった二畳の妙喜庵に参集します。これは、『星と祭』のラストで、琵琶湖岸に立ち並ぶ観音様のシーンにつながるものです。

 本覚坊の日録を取り上げて、作者井上靖の利休像が提示されています。
 利休が生きた道の延長上に、山上宗二と古田織部がいることが、作者の到達点だと思われます。【4】
 
 
初出誌 : 群像(講談社)
初出号数 : 昭和56年1、3、5、6、7、8月号
 (序)、一章 昭和56年1月特大号(第36巻第1号)
 二章         3月号(第36巻第3号)
 三章         5月特大号(第36巻第5号)
 四章         6月特大号(第36巻第6号)
 五章         7月号(第36巻第7号)
 終章、(践)       8月号(第36巻第8号)
 昭和56年11月20日、講談社刊
 
講談社文庫 : 本覚坊遺文
講談社文芸文庫 : 本覚坊遺文
井上靖全集22 : 長篇15

■映画化情報■
映画の題名 : 千利休
制作 : 東宝
監督 : 熊井啓
封切年月 : 平成元年10月
主演俳優 : 三船敏郎、萬屋錦之助
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」


posted by genjiito at 23:18| Comment(0) | □井上卒読
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