2015年06月03日

井上靖卒読(197)『忘れ得ぬ芸術家たち』

 井上靖が大阪毎日新聞社で美術記者をしていた時代を中心にして書いた、美術関係のエッセイを集めた『忘れ得ぬ芸術家たち』(昭和61年8月、新潮文庫)を読みました。


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 井上靖の目を通して見た芸術家たちが、飾らぬ言葉で語られています。一人一人が具体的に語られているので、貴重な報告ともなっています。

■「河井寛次郎のこと」
 文中に、「いつでも物を創る人は、物を創る人としての心をはなしてはならないということであった。」(10頁)とあります。この「はなしてはならない」は、「話しては」なのか「離しては」なのか、しばし考えさせられました。井上靖の文章で、このように戸惑うことは稀です。
 この文章からは、河井の姿が浮かび上がってきます。人柄が描けていると思います。(朝日新聞社『河井寛次郎作品集』、原題「河井さんのこと」、『井上靖全集 別巻』所収「井上靖作品年表」に記載なし、『井上靖全集 第25巻』巻末「解題」参照、昭和55年9月)

■「荒井寛方」
 法隆寺金堂の壁画模写の話です。その1人を集中的に取材した話は、荒井の人間を彫り上げています。そして、「形あるものはやがて滅びますよ。」といったことばが、印象に残りました。(『藝術新潮』4-9、昭和28年9月)

■「橋本関雪」
 酒の有無で別人になる関雪像が、みごとに活写されています。憎めない関雪、愛すべき関雪がいます。『ある偽作家の生涯』を思い出すと、楽しくなる話に満ちています。(『藝術新潮』4-6、昭和28年6月)

■「前田青邨のこと」
 井上靖が新聞記者になって2年目。美術記者として最初に見た「大同石仏」の話から始まります。利休の話を小説にしていて、前田氏が利休を描いていないので助かった、というのは本心でしょう。以下、「御水取」のことを語ります。お水取りは前田氏にぴったりの素材だと。そして、その確信は信頼関係にあることにも及びます。(毎日新聞社版「青邨の画集 御水取絵巻」、原題「青邨先生のこと」、昭和50年6月)

■「国枝金三」
 国枝は右腕に疾患があり、左手で絵筆を持った画家でした。彼が紫色を使うことと切り離せないと、井上は見抜いたのです。また、その後に死の予感も。奥様への温かいまなざしがいいと思いました。(『藝術新潮』4-8、昭和28年8月)

■「上村松園」
 自宅で井上を見送る姿が印象的です。ほどほどのよさを、松園の姿に見つけたのです。井上の作品に出てくる女性は、この松園をイメージしているのではないか、と思われる場面が、いくつも思い合わされます。(『藝術新潮』4-10、昭和28年10月)

■「「坂本繁二郎追悼展」を見る」
 最後に記された「ひとを楽しませるために描かなかった氏は、最後に月のはなやぎの中に自ら遊ぶ境地にはいってしまったようである。」(101頁)とある箇所が印象に残りました。(朝日新聞 、3/25夕刊、昭和45年3月)

■「須田国太郎の世界」
 井上靖は、昭和7・8年に、京都大学で須田の西洋美術史の講義を受けたそうです。語り口に、親近感が溢れています。(東京新聞、1/11夕刊、昭和53年1月)

■「岡倉天心」
 井上靖は「茶の本」を学生時代に読んだそうです。この本が天心の著作の中で一番いいと。そして、自分の若き日を振り返る書となっているとも。五浦海岸の旧宅への旅では、四人の老人の話にも主人を思う温かさがあります。(『藝術新潮』4-5、原題「岡倉天心 五浦紀行」、昭和28年5月)

■「岡鹿之助の「帆船」について」
 井上靖の処女作「猟銃」には、岡の影響があるのだと言います。再読の折に、確認してみましょう。(『美術手帳』44、昭和26年6月)

■「「湖畔」の女性」
 小説に登場させたい女性の一人は、この「湖畔」だと。もう一人は、ドガの「少女像」だと言います。あらためて、絵を見ました。まだ、よくわかりません。(NHK婦人学級だより、昭和41年8月)

■「広重の世界」
 広重の風景画の中に、情趣と人間を見いだしています。作家の目です。(みすず書房版「原色版美術ライブラリー118広重」、昭和32年9月)

■「美女と龍」
 『華厳縁起絵巻』の義湘絵に、愛の讃歌を読み取っています。(「絵巻」9、昭和51年11月)

■「安閑天皇の玉碗」
 発掘出土した碗の事実を小説にするにあたり、作者としては自由に想像を駆使できず、不出来な作品になったと言います。「玉碗記」のようには自由に書けなかったようです。(『藝術新潮』4-1、昭和28年1月)

■「白瑠璃碗を見る」
 江上波夫が持ってきた3個のカットグラスが、「玉碗記」に描かれたものと一緒に五個あり、その運命へとロマンが広がります。(毎日新聞、11/19、昭和34年11月)

■「如来形立像」
 唐招提寺の破損仏が、もっとも好きだといいます。中でも「如来形立像」の美しさは、破損していないと。(美術出版社版「日本の彫刻X平安時代」、原題「如来形立像について」、「昭和27年3月)
 
 
※本書は、昭和58年8月に新潮社より刊行されたものを文庫に収録したものです。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | □井上卒読
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