2015年05月24日

読書雑記(128)水上勉『はなれ瞽女おりん』

 水上勉の『はなれ瞽女おりん』(新潮文庫所収、平成14年9月)を読みました。


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 暗くて哀しい瞽女さんの物語として、自分勝手な先入観を持っていたせいか、読む機会を逸していました。一気に読み終わった今、人間の透き通るような美しさが描き出されていたことで、作者の表現の妙に感心しています。そして、今はその存在が見えなくなっている瞽女という人々の姿を、あらためて考えるようになりました。

 本作では、貧しさの中で必死に生きていく女と男が、純粋な心の持ち主としてとして語られます。
 複雑な社会と過酷な風土を背景として、おりんも平太郎も共に、はみ出した道を歩んでいくのです。
 北陸から若狭を舞台とする、哀切極まりない語り口に、終始圧倒されて読みました。

 作者は、若狭に生まれ育った自分の体験を元にして、自分なりの瞽女の実態をまず語ります。
 これは、瞽女のありようを理解するのに、簡潔でわかりやすい解説となっています。

 話は越後瞽女へと移ります。その中には、「はぐれ瞽女」「はなれ瞽女」「落し瞽女」といって、掟を破り男と交わったりして仲間外れになった瞽女がいました。本話の主人公であるおりんがそれです。明治30年代の話です。

 瞽女を語る作者の温かな眼差しが、行間から伝わって来ます。
 この物語に横溢する美しさは、その構成と語り口に依るものだと思います。

 中でも、おりんが17歳で月のものを見てからは、大人になった瞽女の様子が克明に語られます。
 本作における読みどころの一つです。

 さらには、おりんにとっては思いがけないことながら、旅先で男の夜襲に遭遇し、はなれ瞽女になって落ちるくだりも見逃せません。

 その中に、「瞽女式目」が出てきます。


「謹んで惟うらく、人王五十二代嵯峨天皇第四の宮、女宮にて相模の姫宮瞽女一派の元祖とならせ給う。かたじけなくも、下賀茂大明神、末世の盲人をふびんとおぼしめされ、かたじけなくもおことのはらにやどらせ玉い、胎内より御目めしいて御誕生ましし、父大王、母后、神社仏閣の御祈祷これあるといえども、大願成就の種なれば、更に甲斐あらず。」(137頁)


 過般、「読書雑記(119)ジェラルド・グローマー『瞽女うた』を読んで」(2015年03月16日)でも、加茂大明神のことをメモとして記しました。ここでは、下賀茂大明神となっています。
 このことは、まだ何も調べていません。もうしばらく課題として持っておきます。

 下駄職人の平太郎と出会った後は、2人の道行き語りとなります。
 後半で警察が顔を出すようになってから、俄然サスペンサタッチになります。話がおもしろくなるのです。それでいて、おりんはまったく変わりません。また、目が見えないことが却って話を自然にしています。

 おりんの『口伝』を随所に使い、聞き語りの手法を生かして物語っています。柔らかな語り口の中に、人間を見据えた鋭い観察眼が感じられました。
 また、北陸地方への愛着も滲み出ています。

 はなれ瞽女おりんは、純粋な心を持った女性として、美しく描き出されています。【5】

 本作は、昭和50年9月に新潮社より刊行されました。
posted by genjiito at 21:47| Comment(0) | ■読書雑記
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