2015年04月30日

読書雑記(124)山本兼一『命もいらず名もいらず 上 幕末篇』

 明治維新前後の人々の生き様には、現代とは違う緊張感が感じられます。
 平安時代でもない、昭和・平成時代でもない、明治時代には、日本人が持っている純真な情熱と行動力が、飾ることなくストレートに表出されたと思っています。
 そのような問題意識を抱きながら本作品を読むと、この長大な物語をもっともっと語ってほしかった、と思うようになります。
 山本兼一は、1年前の2014年2月13日に、57歳の若さで亡くなりました。

 『命もいらず名もいらず』は、京都新聞を始めとする各地方新聞に連載されたものです。それに加筆修正して、[上 幕末篇]と[下 明治篇]の2分冊で2010年にNHK出版より単行本として刊行されました。今回は、集英社文庫で読みました。


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 本作品は、次のように始まります。


 とんでもない男である。
 世に正直者や、志の高い人間は多いが、この男ほどまっしぐらな人間はめずらしい。(10頁)


 とにかく器量の大きな、小野鉄太郎高歩(後の山岡鉄舟)の登場です。
 次のくだりでも、そのことが強調され、本作品の太い柱となっています。


「人は、器量に応じた仕事しか為せない。器量に応じた人生しか送ることができない。器量を広げたいと願うなら、目の前のことをとことん命かげでやることだ。人間の真摯さとはそういうことだ。」(64頁)


 鉄太郎の貧乏暮らしと、あるがままに従う妻英子の素直さが、とにかく印象的です。物がないことなど、本当は大したことではないのです。人間の大きさを痛感させられました。それでいて、登場人物たちの目は、確かに日本の行く末を睨んでいます。

 江戸から明治へと、時代のうねりが大きなスケールで描かれていきます。
 若さゆえの情熱と行動力が、淡々とした文章から滲み溢れ出さんばかりに、読者に伝わってきます。抑制された山本兼一の文章と、そこに語られる時代の胎動とのギャップが、物語を確実に明治維新へと導いていきます。
 鉄太郎を通して、幕末当時の激動の歴史が語られていくのです。
 その背景に、大きな変革の波と時間の流れが、絶妙なバランスで映し出されているのです。【4】
posted by genjiito at 22:55| Comment(0) | ■読書雑記
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