2015年03月25日

井上靖卒読(194)「ひと朝だけの朝顔」「三ちゃんと鳩」

■「ひと朝だけの朝顔」
 むらさき色のきれいな花を咲かせた朝顔を、三つ上の光子ちゃんの家に見せに行きました。しかし、見せるだけだったはずが、もらったものと勘違いして大喜びして奥に入った光子ちゃんに、返してとは言えなくなった小学4年生の僕。おまけに、おばさんからご褒美としてお菓子をもらうことになったのです。
 なりゆきからとはいえ、返してと言えないままになったことに、僕はつまらなさを感じだします。
 数日後、その鉢植えの朝顔が、別の知り合いのおばあさんから「あまり見事なので、朝ごはんの時眺めてください」と言って届けられたのです。僕は、光子ちゃんもそのおばあさんに見せるだけだったはずが、これも思いがけずあげたことになったのではないのか、と思うようになりました。
 子供の純真な心が素直に描かれています。そして、何よりも大人に対して敬語を丁寧に使うところが、今の日本語の使われ方から見ると書き言葉過ぎるように思われます。当時の子供たちに向けた、言葉遣いの模範が示されている作品だと言えるでしょう。
 「お父さんがおききになりました。」という表現は、現在では息子が父の言葉遣いを指して言うこととしては、不自然さを感ずるものでしょう。しかし、こうした表現をした時代があったのは、自分が幼かった頃に書いた作文を考えると、思い当たるところです。この作品は、私が生まれた昭和26年に東京日日新聞に発表されたものです。井上靖にとっては、家族との日々の生活の延長線上の話として、童話に仕上げたものだと思われます。1年半前に品川区大井に転居し、家族を湯ケ島から呼び寄せた頃のものです。【3】
 
 
初出紙︰東京日日新聞
初出日︰1951年7月28日
 
井上靖小説全集4︰ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
■「三ちゃんと鳩」
 大阪にある新聞社の屋上での話から始まります。戦争が烈しくなりだした当時、記者が外で書いた原稿は、小さい円筒に詰めて鳩に背負わせて飛ばしていたのです。その鳩係りが三ちゃんでした。鳩の行方を追って、いつまでも空を仰ぐ三ちゃんの姿が印象的です。そして、大阪大空襲の時、三ちゃんは鳩の屍体を屋上で探し回っていました。人と鳥の心温まる話となっています。発表媒体が「新聞協会報」なので、童話というよりも子供たちに戦争の裏側にあった報道の背景を語る中で、人間について伝えようとしたものではないでしょうか。【3】
 
 
初出紙︰新聞協会報
初出日︰1954年7月12日、15日
 
井上靖小説全集10︰伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
 
 
 
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:54| Comment(4) | □井上卒読
この記事へのコメント
私は John Coates さんの知り合いの数学者です。Coates さんの源氏物語の絵入りの本を初めて Coates さんに見せていただいた時は、何もわかっていない私は子供用の漫画かもと思い、伊藤先生が貴重なものだろうとお考えになったのを知って驚きました。Coates さんの収拾した日本の古い磁器も、初めはまがいものかもと思っていてあとで貴重なものと知って驚きました。伊藤先生がCoates さん栗原さんと宇治に行かれた記事はうれしく拝見しました。数日前に Coates さんの Cambridge のご自宅に行きました。Coates さんから、井上靖が大好きで、今「しろばんば」を読んでいると伺いました。私も「しろばんば」が大好きなのでうれしかったのですが、Coates さんに、伊藤先生がこのブログで井上靖を論じておられる事をお知らせしたら喜んでいました。しろばんばは「上巻」を読んでおられ、「下巻」があることは、、英訳されていないのかご存知ありませんでした。
Posted by 加藤 at 2015年03月30日 15:42
コメントをありがとうございます。
コーツ先生がお持ちのモノを通して、1人でも多くの方が日本の文化に興味をもたれたら、それはすばらしい文化交流になると思っています。
「しろばんば」の後半の英訳のことは調べてみます。
ご教示、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by genjiito at 2015年03月30日 17:30
お返事をいただき感激いたしております。ありがとうございます。

Coates さんと奈良県に行き、電車が鉄橋を渡った時、Coates さんが、「サホガワー、サホガワー」と叫び始めたことがあります。川の岸に立つローマ字表記の川の名前を見て、愛読する日本の昔の和歌に何度も出てくる川を目のあたりにした感動で叫んでいたのでした。Coates さんのこのご様子に私は大変感動いたしました。
Posted by 加藤和也 at 2015年04月03日 16:48
奈良での楽しいお話をありがとうございます。
私は、奈良県生駒郡で20年間、子育てをしました。
明後日は、その奈良にお茶のお稽古に行く予定です。
次に機会があれば、コーツ先生を奈良にご案内しましょう。
Posted by genjiito at 2015年04月03日 17:19
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