2015年01月15日

『源氏物語』を「変体仮名混合版」にする方針で一大決心

 この30年間、『源氏物語』の古写本に写されている筆文字を、現代人のために翻字してきました。その際、現代の平仮名に置き換えていたので、「多」は「た」に、「尓」は「に」に翻字していました。
 しかし、今日からは、そのやり方では翻字をしない、という決意を固めました。

 昨年末の豊島科研研究会で、私は「ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」の字母に関する一考察」と題する発表をしました。そこでは、従来の現行平仮名での翻字では、翻字表記文から元の写本の表記に戻れないことのジレンマを表明しました。そして、「変体仮名交じり字母混交版」というものを提示したのです。これによって、明治33年に小学校令施行規則第1号表に48種の字体で示された、1音1字の原則が生み出す矛盾から、やっと開放されることになったのです。

 ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」をもとにした「変体仮名混合版」の具体例は、「豊島科研の源氏本文に関する研究会」(2014年12月13日)を参照願います。

 もちろん、このことは、すでに提案がありました。


田坂憲二「字形表示型データベースの提案−大島本桐壺巻から−」
横井 孝「かな字母による表記情報学の課題」
 (『日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究V』今西裕一郎編、2014年3月、国文学研究資料館)


 田坂氏のものは、「変体仮名の字母が明らかになる形のデータベース」の提案です。「桐壺」を例にしてのご論は、その必要性も含めて痛いほどにわかります。しかし、『源氏物語』の54巻セットをその形でやるためには、膨大なエネルギーが必要です。理屈では理解できても、それを実際に形にする立場からは、長い逡巡がありました。

 上記の豊島科研研究会での発表は、実際に54巻を見据えてやってみての、私なりの手応えと結果を提示したものです。
 そして今日、ハーバード大学本『源氏物語』の「須磨」と「蜻蛉」に加えて、国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」も、私が言う「変体仮名混合版」を作成し終えました。

 これが実現したのは、あらかじめ字母による翻字ができていたからです。しかし、翻字の最初から「変体仮名混合版」を作るつもりで始めると、手間はかかってもそれ以外に何も問題はありません。
 その作業手順の凡例も、完成しつつあります。

 ということで、今日以降の翻字は、「変体仮名混合版」でいきたいと思います。
 ただし、当面は鎌倉期の写本に限定しての取り組みです。

 私の手元には、35万レコード以上の『源氏物語』の各種写本の翻字データがあります。
 これらをすべて「変体仮名混合版」にすることはできません。最初から写本を見直し、変体仮名の部分を一文字ずつ入力し直していくのですから、とてつもない時間がかかります。
 そのため、今は鎌倉時代の写本に限定して取り組むことにしました。続きは、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で引き継ぐ中で、長い時間をかけて、そして少しずつ「変体仮名混合版」に入れ替えていただくことにしましょう。
 あと30年もあれば、今手元にあるデータの主なものは、「変体仮名混合版」に移行できるはずです。

 現在、何人もの方々に『源氏物語』の翻字をお手伝いしていただいています。
 それを一度止めていただき、新しい方針である、変体仮名で表記されている文字はその字母でデータ化する方針に転換します。

 しばらくは、作業も整理も管理も混乱することは必至です。しかし、今ならばできる、と決断しました。
 ご理解とご協力をいただいているみなさまには、後日あらためて連絡をいたします。

 これはNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の新しい取り組みとすべく、運営メンバーや会員のみなさまとも、具体的に作業手順と確認のプロセスを再検討することで、さらに質的向上を果たしたデータベースへと姿を変えていきたいと思います。その意味では、これまでの30年間で構築した『源氏物語』の本文データベースから、新たな「変体仮名混合版」のデータベースに進化する転換点となったとも言えます。

 現在、写本を読んでくださる方が激減しています。
 翻字の確認は、ゼロからではなくて、すでに翻字されているデータに校正の要領で朱を入れていく手法で取り組んでいます。手元の資産を活用して、それに手を加えて新たなデータを形成しているのです。決して、何もないところから、写本を見て翻字をするのではないので、ご安心ください。

 次世代に引き渡す『源氏物語』の本文データベースの構築と作成に興味と関心のある方は、このブログのコメント欄を活用して連絡をください。折り返し、具体的な作業内容をご説明いたします。
posted by genjiito at 23:58| Comment(2) | ◎源氏物語
この記事へのコメント
本来の字形に即したDB化、まったく同感です。私が関わっている大蔵経テキストデータベース( http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/index.html )も、より紙媒体に即した字形の採用を目指しており(同時に検索機能には異体字一括検索を開発し利用に供しております)、結果として、5千程度の漢字(Unicode外字)をUnicodeに入れるべくISO関連の会合にも参加しております。変体仮名の場合はUnicodeに入れる動きがすでに国語研高田氏の周辺で進んでいるようで、いずれパソコン等での実装も出てくると思いますので、変体仮名への移行は色々な意味で良いタイミングかと思います。今後を楽しみにいたしております。
Posted by 永崎研宣 at 2015年01月20日 02:42
コメントをありがとうございます。
心強い理解者がいらっしゃることを知り、迷いが吹き飛びます。
これからは、手元の膨大なデータの補訂が大きな課題となります。
コツコツとデータを作り直していくしかないようです。
貴重なコメントに感謝します。
Posted by genjiito at 2015年01月21日 16:02
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