「ゼロの発見」(インド)については、個人的なメモとして追記したものです。
【日本書籍】(127冊の内)
昭和28年度用
6年の2 「鳥獣戯画」(説明文だけ)
昭和31年度用
5年の1 「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容
昭和33年度用
6年の1 「古典から」の単元に『宇治拾遺物語』『徒然草』『十訓抄』(「船上の一曲」)
昭和36年度用
6年の1 「古典から」の単元に『徒然草』『十訓抄』(「船上の一曲」)。『宇治拾遺物語』がなくなる
昭和40年度用
5/1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6/1 「古典から」の単元に『宇治拾遺物語』、『十訓抄』(「船上の一曲」)。『徒然草』がなくなる
6/2 「ゼロの発見」(インド)、「和歌(持統天皇・実朝)。「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容
昭和43年度用
5.1 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6.1 『十訓抄』(「船上の一曲」)
6.2 「ゼロの発見」(インド)、「和歌(持統天皇・実朝)。「御所の岩」(『吉野拾遺』より)は平安らしい内容
昭和46年度用
5上 「船上の一曲」(『十訓抄』より)
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6下 「ゼロの発見」(インド)
*秋山虔加入
昭和49年度用
5上 「船上の一曲」(『十訓抄』より)
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6下 「ゼロの発見」(インド)
昭和52年度用
5上 「はかまだれ」
5下 「日本の文字」に平仮名とカタカナの字母表
6上 「馬ぬすびと」(頼朝の時代の話)、「ゼロの発見」(インド)
*稲賀敬二加入
昭和55年度用
5年下 「ゼロの発見」(インド)
6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。
*これまでの仮名の説明では『万葉集』だけが引かれており、6年生の「日本の文字とことば」で『源氏物語』に触れるのは珍しい。
「今、わたしたちの使っているひらがなのもとになった漢字、くずした形の表を、次のページに示しておきましょう。ひらがなは、平安時代の婦人たちのあいだで発達したものらしく、古くは「おんな手」とよばれていたようです。「源氏物語」などは、このひらがなによって書かれたけっ作です。
むかしは、同じ音を表すにもいくつかのひらがながあったのですが、明治時代になってから、今日の形に統一されました。そば屋ののれんに残る「楚者゛」という字は、むかしのひらがなのなごりです。」
なお、ここに掲載された表では「字母」ではなくて「ひらがなの字源」となっています。
昭和58年度用
5年下 「船上の一曲」、「ゼロの発見」(インド)
6年上 「日本の文字とことば」に平仮名と『源氏物語』のこと。字母表あり。巻頭に変体仮名で書かれた暖簾のカラー写真を掲載。学習用の「手引き」が一新されている。
6年下 「和歌」に志貴皇子あり
昭和61年度用
6年上 「日本の文字とことば」は書き換えられている。字源(字母)表はそのまま。『源氏物語』のことが消える。
「ひらがなは、平安時代(八〜十二世紀)から女性に主に使われ始め、作りあげられたので「おんな文字」とか「おんな手」とよばれました。」
「紙の歴史と文化」の項目が充実し、和紙の価値について詳しく書かれ、紙による文化の育成を強調しています。ただし、写本については触れられていません。
「平安時代の半ばごろからさかんになった絵巻物も、和紙に書かれたみごとな芸術品です。
(中略)「紙は文化のバロメーターである。」といいます。紙の消費量が文化の高さの尺度になるというのです。テレビなど映像文化の発展にもすばらしいものがありますが、紙による文化を守り育てていくことの大切さも忘れてはなりません。」
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