2014年12月13日

豊島科研の源氏本文に関する研究会

 晴天の週末です。渋谷の國學院大學で開催された研究会に、少し風邪気味の身体を気遣いながら参加しました。

 一昨日のブログで紹介した、実践女子大学の渋谷校舎を通りかかったので、バス通りから撮影しました。


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 渋谷の丘に並び立つ國學院大學の若木タワーも、伝統と歴史の上にしっかりと立っています。


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 この光景はなかなか壮観で、目を楽しませてくれます。
 國學院大學の若木タワーの10階からも、実践女子大学を望み見ることができます。
 手前が國學院大學の図書館。その左手向こうが実践女子大学です。


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 さて、豊島先生の研究会では、「先般予告した通り」(2014年12月 8日)に、みなさんの研究成果が発表されました。今回は、いつもに増して充実した内容でした。
 次回はぜひ、もっとたくさんの若手に聞きに来てもらえるように、積極的な働きかけをしたいものです。

 本日は、豊島先生が新しく採択された科研(C)の、第1回目となる研究会です。
 なおこの会は、豊島先生が平成19年に科研(A)を取られてから、通算で21回目だとのことでした。大切な仕事を長く続けておられることになります。


 源氏物語の本文資料に関する共同研究会
 
【プログラム】

河内本の本文の特徴―「夕顔」巻を中心に―
    豊島秀範(國學院大學)

阿仏尼本「帚木」巻本文の宗本的性格
    上原作和(桃源文庫日本学研究所)

米国議会図書館本について―五辻諸仲筆本との関係―
    菅原郁子(専修大学大学院生)

ハーバード大学本「須磨・蜻蛉」の字母に関する一考察
    伊藤鉄也(国文学研究資料館)

源氏物語(三条西家諸本)の表記法について
    上野英子(実践女子大学)

『紫明抄』伝本再考
    田坂憲二(慶應義塾大学)


 本日も、みなさまの発表をじっくりとうかがいました。いつもはそれぞれの発表に質問をしていました。しかし、今日はどなたにもしませんでした。本文に関して「系統」という言葉が、どの発表にもあったので、そこで私の問題意識と隙間が生じたのです。非常に違和感を覚えました。それでも、それぞれの新鮮な視点と切り口に、多くの刺激もいただきました。

 以下、私の発表内容を記録として残しておきます。
 

  ■発表要旨■

 『源氏物語』の翻字において、古写本原本の再現性を高めるためには、変体仮名は字母で表記すべきではないか。従来の現行平仮名での翻字では、翻字表記文から元の写本の表記に戻れない。
 そこで今後は、
  (1)現行漢字平仮名交じり版
  (2)変体仮名交じり字母混交版
という2種類の方針で対処したい。
 ただし、(2)は鎌倉期の写本に限定しての取り組みとしたい。
 これによって、明治三十三年に小学校令施行規則第一号表に四十八種の字体で示された一音一字の原則の矛盾から開放される。
 このことを実際に適用して、ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」を翻字した結果を例示する。また、ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」と国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」との兄弟関係にまで視野に入れた字母資料により、三本の書写環境を確認したい。
 さらに、池田本『源氏物語』(天理図書館蔵)の校訂本文の作成を進めていることと、目の不自由な方々と一緒に古写本を読む取り組みについても報告したい。

 
 まず、ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」(巻頭半丁分)における3種類の翻字例を提示しました。
 特に3番目の【字母混交版】は、今日ここで初めて公開したものです。


 【現行仮名版】
よの中・いと・わつらしく・はしたな
き・ことのみ・まされは・せめて・しらすか
ほにて・ありへむも・これより・はしたなき・
こともやと・おほしなりて・かの・すまは・
むかしこそ・人の・すみかとも・ありけれ
と・いまは・いと・さとはなれ・心すこくて・あ
まの・いゑたに・まれになむなりにたると・
きゝ・給へは・人・しけく・をしなへたら
む・すまゐは・ほいなかるへし・さりとて・
みやこを・とほさからんも・ふるさと・おほつ(1オ)」
 
  【変体仮名版】
与乃中・以止・和徒良之久・波新堂奈
幾・己止乃三・末佐礼八・世免天・志良須可
本尓天・安里部武毛・己礼与里・八志多那支・
己止毛也止・於保之奈里天・可乃・春末八・
武可之己曽・人乃・寸三可止毛・安里个礼
止・以末波・以止・佐止者那礼・心寿己久天・安
末乃・以恵堂仁・万礼尓奈武奈利尓堂留止・
幾ゝ・給部八・人・之計久・遠之奈部堂良
武・寸満井八・本以那可留部之・左里止天・
三也己遠・止本左可良无毛・不留左止・於保川(1オ)」
 
  【字母混交版】
よの中・いと・わ徒らしく・は新堂な
き・ことの三・ま佐れ八・せ免て・志ら須可
本尓て・あ里へむも・これよ里・八志多那支・
こともやと・おほしな里て・可の・春ま八・
む可しこそ・人の・す三可とも・あ里个れ
と・いまは・いと・佐と者那れ・心寿こくて・あ
まの・いゑ堂に・万れ尓なむなり尓堂ると・
きゝ・給へ八・人・しけく・をしなへ堂ら
む・す満井八・本い那可るへし・さ里とて・
三やこを・と本さ可らんも・ふるさと・おほつ(1オ)」

 
 実際に【字母混交版】を作成してみて、意外と違和感のない翻字スタイルになっていると思っています。
 これならば、明治33年に一音一字に統制された現行平仮名が抱える矛盾は、十分に回避できています。
 なによりも、原本に帰れる翻字になっているので、長く後世に伝えられる表記だといえます。
 これならば、次世代の人たちに負い目を感じながら翻字データを渡すという、不本意ながらの醜態は晒さなくてもすみそうです。

 次に、ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」と国立歴史民俗博物館蔵「鈴虫」の字母版をもとにしてわかったことを報告しました。
 次の資料には、細かな数字が列記されています。
 これは、「須磨」「蜻蛉」「鈴虫」の3本の本行に書写された文字のみの、字母レベルでの集計結果です。
 つまり、ナゾリは下の文字を採用しており、ナゾられて上に書かれた文字は取っていません。また、傍記・補入・ミセケチの文字も対象外です。純粋に本行本文として書かれた文字だけの調査結果です。

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 興味のない方には退屈でしょうから、以下に簡単に説明を加えておきます。


(1)三本の文字遣いを字母から見た結果、ほぼ同じ傾向で文字が用いられていることが確認できる。
(2)現行の平仮名を字母とする多くの文字が、700年前も主流として用いられていた。
(3)現行の「か(加)」「た(太)」「に(仁)」は少数派の文字であり、「可」「多」「尓」が主流の仮名として用いられていた。
(4)「須磨」と「鈴虫」は非常に近い文字遣いが見て取れる反面、「蜻蛉」は独自な用字(阿・江・飛)が目立つ。
(5)漢字についても、三本共に共通する文字の使用傾向が顕著である。
(6)三本共に、親本や書写者の生活圏や文化圏は共通するものであったと思われる。


 そうした内容に加えて、これから池田本『源氏物語』(天理図書館蔵)の校訂本文の作成に着手することと、目の不自由な方々(触常者)と古写本を一緒に読むことにチャレンジする旨の報告もしました。

 後の質疑応答で多くの意見をいただきました。ありがとうございます。
 翻字・字母・池田本・触常者の問題は、今後とも折々に報告しながら進めていきます。
 ご意見やご協力をお寄せいただけると幸いです。

 今回の研究会には、藤井貞和先生と日向一雅先生もご参加くださいました。
 そして、いろいろとお考えをお聞きすることもできました。
 ありがとうございました。

 その後の、渋谷での懇親会も楽しく語り合うことができました。
 気の置けない仲間と一緒に、ああでもない、こうでもない、とざっくばらんに話し合える幸せを感じながら、またの再会を約して散会しました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎源氏物語
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