2014年10月27日

ハーバード本「須磨」を読み、話は池田本に至らず

 過日、本ブログ「立川市中央図書館でハーバード本『源氏物語』を読む方を募集中」(2014年10月22日)でお知らせした通り、市民のみなさまと一緒に楽しく『源氏物語』を読みました。

 ブログの記事を見て参加された方もいらっしゃったので、急遽ではありましたが掲載した意義がありました。しかも、しばらく御無沙汰していた方も参加されていたので、終了後に旧交を温め、新しい取り組みに参加していただけることになりました。

 ささやかな出会いから夢語りとなり、それが楽しい研究へとつながりそうです。直接会って話をすることの大切さを、あらためて認識しました。顔を見ながら語り合うことは、お付き合いする上での基本中の基本ですね。

 さて、立川市中央図書館では、ハーバード大学本『源氏物語』「須磨」の巻頭部分を例にして、古写本の変体仮名を読むことを体験していただきました。
 この「須磨」は、古写本の中でも比較的わかりやすい書写となっています。


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 前置きとして、ハーバード大学の写真を見ていただきました。
 私は調査に3回行きました。その内、2回も雪だったので、まずはみなさまにも雪の大学を見ていただきました。


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 また、所蔵先であるハーバード大学美術館に親しみを持ってもらうために、快晴のケンブリッジ(イギリスではなくてボストンのケンブリッジです)の写真をスクリーンに映しました。


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 『源氏物語大成』や『源氏物語別本集成』、そして拙編ハーバード本「須磨・蜻蛉」の書籍の写真を映写しながら、現物を回覧しました。


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ハーバード大学本『源氏物語』の実寸をイメージしていただくために、国立歴史民俗博物館所蔵の中山本も回覧し、手に取ってその大きさ等を実感していただきました。

 お話としては、まず宮内庁書陵部にある檜製糸罫の説明をしました。この檜製の糸罫というものは、写本の製作過程がわかるものです。書写する時に糸罫を紙面を覆うように被せ、縦に張られた糸で行数と行幅を一定にして書写の書式を整える道具なのです。

 書写する人が使う小道具という実態をイメージしていただいてから、ハーバード大学本「須磨」の書写状態を確認しました。
 なぜ行末左下に小さく書かれた文字があるのか等は、この糸罫の存在を知るとわかりやすいのです。


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 私がこの写本を読む上で困っていることも、ストレートにお話しました。それは、1行目と3行目の行末に書写されている「はしたなき」ということばです。
 3行目に「はしたなき」とあるのは、ハーバード大学本と陽明文庫本です。その他の写本では、例えば大島本や池田本では「まさる」となっています。さらには、陽明文庫本では1行目の「はしたなき」はないのです。つまり、この「はしたなき」ということばは、平安時代の物語本文ではどうなっていたのか、ということが、いまだに私の中で説明できないのです。

 本文の研究者としての専門的な視点からの問題箇所です。しかし、それを謎として、そのままみなさんに提示しました。『源氏物語』の本文がさまざまな問題を抱えており、物語本文は一つだけではないことを、こうした例から感得していただきたかったのです。

 なお、あらかじめ作成して配布した資料では、この1行目の箇所について、その字母を「八波之新堂奈」と印刷していました。これは、正しくは「波新堂奈」です。「八」と「之」は衍字です。字母資料を作成中に、この文字を消し忘れていました。あらためて訂正しておきます。

 「須磨」の第1丁表の本文を字母で示すと、次のようになります。


[1]与乃中・以止・和徒良之久波新堂奈
幾・己止乃三・末佐礼八・世免天・志良須可
本尓天・安里部武毛・己礼与里・八志多那支
己止毛也止・於保之奈里天・可乃・春末八・
武可之己曽・人乃・寸三可止毛・安里个礼
止・以末波・以止・佐止者那礼・心寿己久天・安
末乃・以恵堂仁・万礼尓奈武奈利尓堂留止・
幾ゝ・給部八・人・之計久・遠之奈部堂良
武・寸満井八・本以那可留部之・左里止天・
三也己遠・止本左可良无毛・不留左止・於保川(1オ)」


 これを字母別にその出現数を見ると、次のようになっています。


【漢字】人=2・中=1・心=1・給=1・ゝ=1
 
【仮名】止=12・可=6・己=6・之=6・里=5・天=5・八=5・礼=5・奈=5・以=5・乃=5・毛=4・武=4・部=4・末=4・堂=4・良=4・左=3・留=3・那=3・安=3・尓=3・本=3・三=3・久=3・遠=2・寸=2・保=2・於=2・也=2・志=2・佐=2・幾=2・波=2・与=2・川=1・不=1・无=1・井=1・満=1・計=1・利=1・万=1・仁=1・恵=1・寿=1・者=1・个=1・曽=1・春=1・支=1・多=1・須=1・免=1・世=1・新=1・徒=1・和=1


 今回の講座では、後半で、池田本『源氏物語』(天理図書館蔵)の存在に注目していることを語るつもりでした。しかし、みなさんの反応がよかったので、つい喋りすぎて池田本『源氏物語』についてお話する時間がありませんでした。
 これについては、後日形を変えて報告します。

 ここでは、今回用意した資料を転載することで、私が池田本『源氏物語』「須磨」の巻頭部分で問題だと思っている部分を提示することに留めます。


第一二巻「須磨」 六本校合

ハーバード本・・・・通番号
 池田本[ 池 ]
 大島本[ 大 ]
 陽明本[ 陽 ]
 尾州本[ 尾 ]
 麦生本[ 麦 ]

 
よの中[ハ]・・・・120001
 世中[池大麦]
 よのなか[陽尾]
いと[ハ=全]・・・・120002
わつらしく[ハ]・・・・120003
 わつらはしく[池大尾麦]
 わつらはしき[陽]
はしたなき[ハ=池大尾麦]・・120003
 ナシ[陽]

ことのみ[ハ=池大]・・・・120004
 事のみ[陽尾麦]
まされはせめて[ハ=全]・・・・120005
しらすかほにて[ハ=陽尾麦]・・・・120007
 しらすかほに[池大]
ありへむも[ハ]・・・・120008
 ありへても[池大陽尾]
 有へても[麦]
これより[ハ=全]・・・・120009
はしたなき[ハ=陽]・・・・120010
 まさる[池大麦]
 ます[尾]
こともやと[ハ=池大]・・・・120011
 ことも[陽]
 事もやと[尾]
 はちもやと[麦]
ナシ[ハ=池大尾麦]・・・・120012
 いてきこそ[陽]
ナシ[ハ=池大尾麦]・・・・120013
 せめと[陽]

おほしなりて[ハ]・・・・120014
 おほしなりぬ[池大]
 おほし成りて[陽]
 おほしはてぬ[尾]
 おもほし成ぬ[麦]
かのすまはむかしこそ人の[ハ=全]・・・120015
すみかとも[ハ]・・・・120019
 すみかなとも[池尾麦]
 すみかなとん/ん=も〈朱〉[大]
 すみかほも/ほ$[陽]
ありけれと[ハ]・・・・120020
 ありけれ[池大陽尾]
 有けれ[麦]
いまは[ハ=池大陽]・・・・120021
 いま/ま+は[尾]
 今は[麦]
いと[ハ=全]・・・・120022
さとはなれ[ハ=大尾]・・・・120023
 ナシ/+さとはなれ[池]
 人はなれ[陽]
 里はなれ[麦]
心すこくて[ハ=大]・・・・120024
 ナシ/+心すこくて[池]
 心ほそくて[陽]
 こゝろすこくて[尾]
 心ほそく[麦]
あまの[ハ=大陽尾麦]・・・・120025
 ナシ/+あまの[池]
いゑたに[ハ=大陽]・・・・120026
 たに/+いゑ[池]
 いへたに[尾]
 家たに[麦]
まれになむ[ハ]・・・・120027
 まれになんと[池陽]
 まれになと[大麦]
 かすかになむ[尾]
なりにたると[ハ=尾]・・・・120027
 ナシ[池大陽麦]

きゝ[ハ=全]・・・・120028
給へは[ハ]・・・・120029
 たまへと[池尾]
 給へと[大陽麦]
人しけく[ハ=全]・・・・120030
をしなへたらむ[ハ]・・・・120032
 おしなへた覧[陽]
 ひたゝけたらむ/前た=混?[池]
 ひたゝけたらむ[大尾]
 ひたゝけたらん[麦]

すまゐは[ハ=池大尾]・・・・120033
 すまひは[陽麦]
ナシ[ハ]・・・・120034
 いと[池大陽尾麦]
ほいなかるへしさりとて[ハ=全]・・・・120035
みやこを[ハ=池大尾]・・・・120037
 宮こを[陽麦]
とほさからんも[ハ]・・・・120038
 とをさからんも[池大]
 とをさからんも/ら〈判読〉[陽]
 とほさからむも[尾]
 遠さからんも[麦]
ナシ[ハ=池大尾麦]・・・・120039
 いと[陽]
ふるさと[ハ=池大陽尾]・・・・120040
 ふる郷[麦]
おほつかなかるへきを[ハ=池大陽尾]・・・・120041
 おほつかなかるへきをなと[麦]


 参加してくださっていた方々が好意的な反応を示してくださっていたので、ついその雰囲気に釣られて話をおもしろくしてしまったようです。もちろん、筆順や縦書きと横書きについても話しました。
 90分があっという間だったので、また機会があれば続きのお話をしたいと思っています。
posted by genjiito at 22:24| Comment(0) | ■講座学習
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