まず、登場人物です。
清張の生年月日は1909年(明治42年)12月21日とされています。しかし、それは九州小倉市で出生届を提出した公式書類上の日であり、実際には1909年2月12日に広島市で生まれた、ということが正しいかと思われます。
本書『白い系譜』の最後では、実際の松本清張を匂わせる形で、名前を「成春」として生年月日は明治42年12月21日としています。公式な記録の日時に合わせたのでしょうか。
名前についても、ペンネームの「せいちょう」ではなく、本名の「きよはる」と合成した「なりはる」になっています。
参考までに、本書の巻末部の当該部分を引用しておきます。
やがて勝太郎夫妻は一男児を挙げた。明治四十二年十二月二十一日であった。
成春と名づけられた。成春は、かつて古舘源八が予言したとおり、誠一郎、美津からは一代おいてだったが、この系統から現われた偉材で、後年文壇の巨匠となって縦横の活躍をするのだが、それはここには語るまい。(250頁上段)
さて、本書に登場する人物について整理しておきます。
まず、流布する情報として、ネットに公開されている系図を引きます。
松本米吉(鳥取県米子市)
↑(養子)
田中雄三郎 ┏━━峯太郎(→広島県広島市)
(鳥取県日南町)┃ ┃ ┃
┣━━┫ ┣━━━━━━━清張
┃ ┃ タニ
とよ ┃
┗━━嘉三郎(→東京都杉並区荻窪)
┃
りう
(ウィキペディア「松本清張」の「家系」の項目より)
これに倣って本書の人物関係を系図にすると、次のようになります。
ただし、これは初読によるメモであり、さらに正確にする必要があります。今は、不正確なままであることを承知の上で参考のために掲載します。
てる(大御寮33歳で 松下米十(炭焼、M8に伯耆淀江で魚屋
┃ 未亡人) 園枝(2人目の嫁 ↑ その後9歳で備後東城)
┣━━お百 ┃ 大御寮の姪) ↑
┣━誠一郎(M3美津と結婚31歳) ↑(里子)
矢戸の豪農 ┃ ↑
畠山助左衛門 ┃ ┏━━勝太郎(M4.8.15生、後に松下姓)
┃ ┃ ┃(流浪:西城→庄原→三次→広島)
福成村の庄屋 ┣━━┫ ┃
前原太郎右衛門 ┃ ┃ ┣━成春(M4.8.15生)
┣━━━━━━美津 ┃ ┃
┃ (M3結婚16歳 ┃ 妻(広島)
┃ 4人目の若御寮) ┃
久子 ┗━━慶次郎(次男 M9.2.18生)
[※2014年08月09日(土)現在の試作版]
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