2014年07月14日

井上靖卒読(185)『暗い平原』

 画家である私と詩人の高原風作は、奇妙な関係の友人です。高原の発する言葉に、作者は何度も「それ詩か?」と問い返します。
 人間観察がきめ細かく、言葉に詩を求める姿勢が内在する、井上靖にとっては新しいスタイルを求めた中編作品だと思います。この背景には、詩を求める作者の思いと、それを詩としてどのように表現したらいいのか、思いあぐねる作者の求道者としての心理があるのではないでしょうか。そのような思いの中から紡ぎ出された言葉が、一見とりとめもないこうした形で書きつけられていくのです。
 画家仲間の菅谷弥太とのエピソードは、平凡な生活の中での一声が相手を不快にさせるものでした。言葉の持つ力が語られています。
 本作の中心は、瀬戸内海の小島で村長をする友人香取又五郎に無人島を30年間借りるための旅の話です。その契機となる妻への思いは詳しくは語られません。しかし、井上靖の作品を読む上で、この妻への思いの吐露は、大事な問題だと思いました。今後のためにも、「復讐」という言葉をメモとして残しておきます。そうしたことはここではさっと流され、語られません。しかし、日比谷のビルの屋上から見た東京という都会に対する思いは、繰り返し言及されます。
 瀬戸内の香取のもとへ向かう途中、寝台車の中で出会った少女に彫刻のような静的な美しさを見たのも、芸術に対する目が意識されているからです。見るもの聞くものの中に、満たされない思いを持つ中で、少しずつ美しいものを摑み出そうとしています。小島でのエピソードや帰りの旅でのことなど、すべてがとりとめもなく作者の不機嫌な思いで見たものとして語られます。いつもの、明るい話を好む作者は、ここにはいません。
 箱根での野生少女矢辻京子のことも、現実とは切り離された話です。作者の中の詩心を探し求めて、話題が転々とする過程で生まれた物語に仕立てあげようとしています。日比谷のビルから見下ろした風景と、箱根の暗い平原から見える風景をダブらせます。心象風景を、言葉で描こうとするのです。井上靖の作品を読み慣れてきた者にとって、これは不自然というべきか不思議な感じのする印象を残しました。自然と都会の中に、都と鄙の間に、新しいものを求めて彷徨う作者を、この作品から見つけることとなりました。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1952年7月号〜8月号
 
中公文庫:暗い平原
角川文庫:貧血と花と爆弾
井上靖小説全集4:ある偽作家の生涯・暗い平原
井上靖全集9:長篇2
 
 
 
〔照書誌データ〕
「井上靖作品館」
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | □井上卒読
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