2014年06月21日

京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第11回)

 昨日は、千代田図書館で古書目録の調査をしてから新幹線に乗り込みました。

 先週の日曜日の記事(「お茶のお稽古と新幹線の話」(2014年06月15日))で、新幹線内のWi-Fi が無料だったことを書きました。しかし今回は、Wi-Fi を無料で利用できない車両でした。各自がすでに契約している回線でないと使えないのです。

 私は、京都の自宅と東京の宿舎の両方で、それぞれ別の会社のインターネットの契約をしています。しかし、それは光ネットによるインターネットとテレビに関する契約であり、Wi-Fi は家の中の狭い範囲でしか使えません。早く、誰でもが屋外で自由に、しかも無料で使えるような環境にしてほしいものです。

 昨夜の京都は少し肌寒いほどでした。
 今朝は、どんよりとした空模様ながらも、爽やかな風が賀茂川を南北に吹き抜けて行きます。
 鷺たちも温んできた水面を楽しんでいるようです。


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 今日も、御所の南にあるワックジャパンで、ハーバード大学本『源氏物語』の「蜻蛉」を読む会と、『十帖源氏』の「明石」の現代語訳を進めてきました。

 まずは、「蜻蛉」の輪読会から。

 前回に引き続いて、5丁裏の確認からです。
 字母に着目して読み進んでいます。

 今日は、「可(か)」と「加(か)」の書き分けに何か法則性がないか、ということから始まりました。ここまでで、「可」は54ヶ所、「加」は27ヶ所に出てきました。今我々が使っている「か」の字母は「加」です。しかし、古い写本では「可」が圧倒的に多いようです。

 明治に平仮名が一つに制限された時、KAという表記に「可」ではなくて「加」となったのは、どのような事情があったのでしょうか。「可」の方がずっと書きやすいのに、あえて「加」という、わざわざ最後に筆を紙面から離して点を打つという、手の込んだひらがなにしたのには、何か理由があるはずです。

 また、行頭に「侍」と「給」が並ぶのも珍しいことです。

 ここで初めて「江」を字母とする「え」(次の写真左側2文字目)が出てきました。「比(ひ)」(次の写真右側下)とよく似た「江(え)」は、鎌倉時代の写本によく見られるひらがなです。

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 こうした文字の識別は、場数を踏むことに加えて、古典に対する多少の知識も必要になることがあります。微妙な書き振りの文字の識別には、いつも苦労させられています。

 写本の変体仮名を確認した後は、しばらく見ていなかった諸本の本文異同の確認です。
 ある本文には、特異な異同が頻出します。なぜこんなに本文が違うのか、その理由をいろいろと想像を逞しくして語り合いました。

 単なる書写時の書き間違い程度に留まらず、まったく違う文章になっている箇所では、何と61文字も追記されています。書写しながら書き足したとか、書き改めたということでは説明できません。文章の意味も、書き継がれた言葉で通じるのですから。

 また、18文字(桝形本の1行分)も余計に文字が追加されている箇所を2例とりあげ、その中に出てくる「わづらはしう」とか「あやし」という言葉が人物像をどう具体的にしていくのか、という考える手だての提示をしました。この集まりで解決できることではありません。しかし、大島本だけで読むことの危険性は、参加されていたみなさまにも伝わったようです。物語の本文は、決して一つではない、ということです。

 物語の作者とは誰を指し、どの時点の本文までを同一の作者とするのか、ということを、現代の小説でも改稿する作家の作品を例にあげてお話をしました。

 私は、『源氏物語』の作者は紫式部という一人に限定しない立場です。一般に言われている中宮彰子に仕えた紫式部は、あくまでも最終的な今の『源氏物語』にまとめあげた総編集者だと考えます。一人の女性が独創的な物語を一人で執筆した、とは考えていません。

 今一般に読まれている『源氏物語』は、室町時代に書かれた本文に江戸時代の人が手を入れた大島本を元にして作られた、現代人向けに校訂された本文です。これと、平安時代に書かれた『源氏物語』とは、似ているところが多いとしても、同じだとは思っていません。

 また、草稿本に手を入れた補訂本、さらには改稿本、それらを見比べて書き直した清書本などなど、いろいろな本文が、特に鎌倉時代には伝流していました。私は、本文に傍記された補訂の本文が、書写されていくうちに本行に混入していく過程を証明し続けています。まだ、どなたも支持をしてくださいません。しかし、傍記混入による異文発生という現象を否定することは、非常に難しいのではないでしょうか。

 多くの鎌倉時代の写本を翻字していると、今基準テキストとなっている大島本は、平安時代の『源氏物語』とは相当遠い所に位置する本文だと、私は断定していいと思います。そこから、大島本よりも信頼性が格段に高い池田本(伝二条為明本、天理図書館蔵)を読むべきだと考えます。その校訂本文を作成中です。
 数年前から、少しずつ公開しています。しかし、『源氏物語』54巻の長さを痛感する日々です。まだまだ、池田本をみなさんに読んでいただくには、時間がかかりそうです。

 今日も、長文の本文異同がある箇所で、今読んでいる本文と、それ以前の様相の異なる本文をどう理解したらいいのか、ということについて、長々と語ってしまいました。
 私見を証明するには、今しばらく時間がかかります。それまでは、異文をどう見ればいいのかを、気長に語り継いでいきたいと思っています。

 次回、7月の古写本を読む会は、7月19日(土)午後1時から2時半までです。場所は、いつもの京都御所南にあるワックジャパンです。その一週間前に、京都新聞の「まちかど」欄に案内の情報が掲載されるはずです。お近くの方で参加してみようとお思いの方は、連絡をいただければご案内のメールをさしあげます。
posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | ◎源氏物語
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