結婚以来初めての旅行に出たとし子。大阪で友達と会い、その夫と自分の夫を比べます。ホテルで見知らぬ男に親切にされます。九州でも、その男に付きまとわれることになります。非日常の中で、とし子は新鮮な中にも戸惑いを感じるのでした。夫からの電話で、もう自宅に帰ることにします。
ささやかな一人の女の、束の間の自由が語られています。そして、いつもの日常に戻るのです。平凡な人生が背景にある、道を外さない生き方が描かれまていす。あまりにゆったりとした時の流れと、何も事件らしいことが起きないことに、読者としては退屈でした。この盛り上がりのないままに、一人の女だけが気を揉み、自分と格闘する様子が描かれるところは、井上靖らしい作品だとも言えます。【2】
初出誌︰オール読物
初出号数︰1958年7月号
集英社文庫︰青葉の旅
井上靖小説全集27︰西域物語・幼き日のこと
井上靖全集5︰短篇5
時代︰昭和、戦後
舞台 東京都、羽田空港、大阪府(伊丹空港、浪速津、心斎橋筋、山崎平野、淀川、木津川)、九州、福岡県(板付飛行場、博多)
■「楼蘭」
シルクロードの番組で、幻想的な画面と悠久を感じさせる音楽を聴きながら、耳にはこの文章がナレーションとして届いてくる雰囲気に包まれながら読み終えました。この語り口が滑らかであることにより、身を委ねて解説に聴き入っていられるのです。このナレーターが、幅広い知識と洞察力をもって語りかけるからこそ、このような読後感を得られたと思います。シルクロードを背景にした、楼蘭や西域のことを知り尽くした井上靖だからこそ、歴史と地理と人間の全体を見通して語れるのです。みごとです。
楼蘭の王と楼蘭人の思いが、漢と匈奴の板挟みの中で苦悩する姿と歴史が描かれています。個人ではなく、国と集団を構成する人々の意思が、波状攻撃のようにして伝わって来ます。群を描くことの巧みな井上ならではの手法です。この楼蘭の地も砂に埋もれ、ロブノール湖も姿を消します。その後、法顕や玄奘三蔵によって、その存在が記録に残されます。ただし、それはよくわからないままでした。やがて2000年がたち、スウェン・ヘディンによって楼蘭の姿が発見されます。一つの国の人々が、自然や異国と闘った長い歴史を、こうして我々に語り継いでくれます。「楼蘭」は、一人の人間の物語ではなく、長大な時間の物語として完成したのです。【5】
初出誌︰文藝春秋
初出号数︰1958年7月号
新潮文庫︰楼蘭
旺文社文庫︰洪水・異域の人 他八編
ロマンブックス︰楼蘭
井上靖小説全集15︰天平の甍・敦煌
井上靖全集5︰短篇5
備考︰1960年『毎日芸術大賞』受賞
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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