北陸での学生時代の友情について語り出します。そして、卒業後の昭和19年の春。新聞記者になった私は、友人の郷里へ出張で出かけました。そこで墓石に刻まれた文字の問題に直面します。友人の父親が、母に関しては実家の姓を名告り、しかも名前がないものだったからです。
終戦後、同窓会で友人に会います。さらに親交が深まり、友人の娘の結婚式に行きます。そこで、またあの墓石の話になります。母親の方がしたたかだったという流れになります。
墓石をめぐって夫婦のあり方を考えさせます。意外な展開と問題提起です。2人が1つの墓の下に眠ることの意味について、おもしろかった所を引いておきます。
墓の中で、時々二人は会話を交している。夫は言う。お前と俺とは確かに現世で夫婦であったから、いま一緒のところに眠っている。これはまあいいことだろう。併し、お互の間には垣はある筈だ。それだけは踏み外さないでおこう。お前は実家の姓を持って、そっちに坐っていなさい。俺は俺の姓を名乗ってこっちに坐っている。すると、妻が言う。そうですとも、現世を離れてなにも遠慮する必要がなくなったいま、あけすけな言い方をすれば、もともと二人は他人でしたものね。一生夫婦として、まあ一応仲よく暮したけど、やっぱり他人は他人ね。あなた、もっとそっちへ行って。もうお互に死んでしまったのだから、少し離れて楽に坐っていましょうよ。(『井上靖全集 第七巻』231頁上段)
やがて、友人の妻が亡くなります。墓をめぐる話がさらに展開し、私が墓碑を書くことになりました。さて、どうなるのか、興味深い話です。【4】
初出誌︰新潮
初出号数︰1969年1月号
集英社文庫︰冬の月
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
時代︰戦前〜戦後
舞台︰長野県(松本)、信濃
■「アム・ダリヤの水溜り」
ロシアの川の話です。レナ川、オビ川、エニセイ川、ヴォルガ川、ドニエプル川、アンガラ川、セレンガ川、アムール川、アム・ダリヤ川、シル・ダリヤ川、ザラフシャン川。『論語』に「逝くものは斯くの如きか、昼夜をおかず」につながっています。話は、アム・ダリヤの落日の美しさで閉じられます。【2】
初出誌︰季刊芸術
初出号数︰1969年4月第9号
新潮文庫︰道・ローマの宿
井上靖小説全集18︰朱い門・ローマの宿
井上靖全集7︰短篇7・戯曲・童話
〔参照書誌データ〕
「井上靖作品館」
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