2014年05月21日

京都で『十帖源氏』を読む「明石_その3」

 活動報告が遅くなりました。
 先週の「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第10回)+追記」(2014年05月17日)に引き続いて行った、『十帖源氏』を読む会の記録です。

 今回も、娘がわざわざ大阪から差し入れのお茶菓子を持って来てくれました。疲れた脳の活性化に、と言いながら。


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 落雁は奈良・菊屋さんの「南都七大寺」です。古瓦をイメージしたお菓子です。また、清涼感たっぷりの金魚や青紅葉を配したゼリーは、京都・笹屋伊織の和菓子です。これをいただいて、元気に『十帖源氏』を読み進めました。

 まずは、「仁王会」をどうするかということから始まりました。
 仏教用語でもあり、発音だけでも残したいとの思いから、「仁王会という仏教行事」としました。これは、先週の東京での勉強会「東京で読む『十帖源氏』はしばし休会になります」(2014年05月13日)で問題になった、「独古」と同じ考え方です。固有名詞の中でも、宗教に関する言葉は、その発音も含めて翻訳に手こずります。ここも、ローマ字読みで終わりにしないで、少し説明的な言葉を付け足して、わかりやすい現代語訳にしました。

 「かくしつゝ〜」を、担当者は「こうしているうちに〜」としました。これではあまりにも抽象的なので海外の諸言語に訳しにくいだろうということで、「源氏は、このままだと〜」と主語を補ってわかりやすい訳にしました。

 雷が落ちる「らう」については、「楼」ではなくて「廊」としました。しかし、「廊」では「廊下」の意味合いが濃く、何かないかと思案しました。
 『十帖源氏』の挿絵は、渡り廊下が燃え上がっている様を描いています。


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 しかし、ここは「建物」というさらに広い意味で訳すことにしました。

 「上下となく」という部分は、身分の上下なのか、状況としての「上を下への」という混乱を表現する意味なのかで意見がわかれました。
 これは、さらに調べる必要がある、ということで課題として残しました。次回に調査結果を報告します。

 「空はすみをすりたるやうにて」も、空の様子を表現するのに、「墨をする」という行為とがうまく連動して伝わるか、ということで時間をかけました。硯の面などを想起しながら、結局は「空は墨のように黒くなっていき」として、あの微妙な色の変化は無理に盛り込まないことになりました。

 なお、この日に一番驚いたのは、光源氏が奥の建物に避難する状況を表現するのに、中国語では「護送」でも通用するということでした。高貴な人が避難するときに「護送」では、我々現代の日本人の感覚としては違和感を覚えます。

 こうした言葉の違いを掻き分けながら、海外の諸言語に対応できる現代語訳を目指して読み進めているところです。

 来月の『十帖源氏』を読む会は、6月21日(土)午後3時から5時までです。場所は、いつものワックジャパンです。
posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ◎源氏物語
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