2014年04月22日

読書雑記(97)千梨らく著『翻訳会社「タナカ家」の災難』

 たまたま書店の棚でこの書名の背文字を見かけたことから、千梨らく著『翻訳会社「タナカ家」の災難』(2013年9月、宝島社文庫)を読みました。

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 軽いタッチの作品なので、行き帰りの電車の中で、一気に読み終えることができました。こんなに軽い小説は久しぶりです。病院の待ち時間に、マガジンラックに入っていた週刊誌を読み終えた時の感覚に近いものがあります。マンガを見終えた時の印象に近いとでも言いましょうか。

 冒頭、「六本木ヒルズの裏手に〜」と始まるので、若者の青春群像が語られるのかと思いました。しかし、場違いにも都心に堂々と佇むおんぼろ一戸建を社屋とする翻訳会社「タナカ家」を舞台とすることから、吉本新喜劇の要素もあることがわかります。このゆるキャラ的な要素が、この作品の持ち味かもしれません。ただし、私にはこの傾向はよくわかりません。

 カバー裏表紙のキャッチコピーには、「極上の翻訳エンターテインメント小説!」とあるので、現在翻訳に興味を持っている私は、とにかく翻訳物ということに惹かれて読んでみました。

 ストーリーは入社間もない女性、押切可南の目を通して進んでいきます。もっとも、この設定がよかったかどうかは、非常に微妙です。それは、この押切可南の存在が中途半端だからです。
 押切が物語の進行役を果たすのは、その魅力が不透明なだけに、この物語展開では時期尚早の感を抱きました。まだ、魅力に欠ける女性だからです。
 その立ち位置が曖昧です。その存在を考え直すと、この作品はさまざまなエピソードを交えながら、英語にコンプレックスを抱いている日本人には、受けるシリーズになることでしょう。

 さて、この物語は軽快なテンポで展開します。マンガを読むように楽しめます。翻訳業の舞台裏を見せられているところを、おもしろいと思いながら読みました。もっとも、中身のない話に失望したことも事実ですが。

 各章末に置かれた「Talk Time」は、知的な味付けで、一服の清涼剤の効果がありました。

 「認め合い、分かち合い、助け合い」をモットーにしたタナカ家は、一人息子の新社長の出現で、「独立独歩」が社訓となります。この切り替えのテンポの良さはスマートです。
 切り捨てられる情の世界がどう展開するのか、読者に期待させます。

 ただし、翻訳会社の話が上滑りしています。著者は、今も翻訳会社勤務されているとか。それにしては、翻訳の現場の臨場感が欠如しています。思い出しながら話している、という印象が拭えません。現場では、もっと人間としての悩みや苦闘があるはずです。それがリアルに表現されていません。描写力の不足です。
 あまりにも若者受けを意識した、軽いタッチの話に落としすぎです。悪役がいないせいかもしれません。

 最後になって、やっと話が盛り上がります。しかし、もっと前から仕掛ければ、話の出来は違ったことでしょう。これは、作品の構成の問題です。
 次作に期待しましょう。

 なお、本書の巻頭に、若者の読者を意識したと思われる、登場人物の略説とイラストがあったことが悔やまれます。
 物語を読みながら、自分なりにその登場人物をイメージし、姿形を勝手に想像する楽しみを奪われたのです。今の若者向けの本の常套手段なのでしょうか。

 何年かしたら、このイラストはなくなることでしょう。新聞の連載小説などに挿絵があるのは、今の時点で読む者にとっては楽しみでもあります。しかし、一書になった時には、作品が発表された時の時間軸から自由になるためにも、登場人物に関するイラストなどの情報は不要です。歴史物なら、人物略説や年表や地図は、理解を深める意味から必要だと思います。しかし、現代物では、当座は不要だと言えます。

 この作者は、2009年に『惚れ草』で第4回「日本ラブストーリー大賞」エンタテインメント特別賞を受賞してデビューされた方だそうです。その意味でも、おもしろい話が創作できる方だと思いました。次にこの千梨氏の作品が目に触れる時を、大いに楽しみにしたいと思います。【1】
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■読書雑記
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