2014年03月25日

東京で『十帖源氏』を読む「若紫」(その3)

 東京は、コートがいらないほどに暖かくなりました。桜の開花はもうすぐです。

 『十帖源氏』の輪読会は、新宿から荻窪に会場を移してからも、順調に回を重ねています。
 今は、「若紫」を読んでいます。
 今日は、北山で若紫が雀を逃がしたと言って泣いていた場面の後からです。

 今日は、1カ所の訳で時間をとりました。それは、北山で僧都が、光源氏に次のように語る場面です。


僧都打わらひて、「うちつけなる御夢語
かな。故按察大納言世になくなる。其北方はなに
がしがいもうとにて、世をそむきしが、大納言のむす
め一人をもてあつかひしを、兵部卿宮かたらひ給ひ
しがなく成て、物おもひにやまひづく」など申給ふ。(48丁表)


 ここで、「兵部卿宮かたらひ給ひしがなく成て」とある部分の訳に苦しみました。「なく成て」をどう訳すか、ということです。

 この部分は、『源氏物語』の原文では、次のように語られています。
 こんなに長い原文の文章が、『十帖源氏』では上記のような短いことばに縮約されているのです。


うち笑ひて、(僧都)「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察大納言は、世に亡くて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが姉妹にはべる。かの按察隠れて後、世を背きてはべるが、このごろわづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠りてものしはべるなり」と聞こえたまふ。(源氏)「かの大納言の御むすめものしたまふと聞きたまへしは。すきずきしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と推しあてにのたまへば、「むすめただ一人はべりし。亡せてこの十余年にやなりはべりぬらん。故大納言、内裏に奉らむなどかしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで過ぎはべりにしかば、ただこの尼君ひとりもてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ忍びて語らひつきたまへりけるを、もとの北の方やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れものを思ひてなん亡くなりはべりにし。もの思ひに病づくものと目に近く見たまへし」など申したまふ。
(『新編日本古典文学全集 源氏物語(1)』212〜213頁、小学館)


 この2つの文を比べると、『十帖源氏』の111文字に対して、原文は460文字もあります。つまり、『十帖源氏』は原文を4分の1という、大幅に省略した説明文になっているのです。

 詳しく見ると、僧都のことばを受けて光源氏が語る部分が省略され、尼君の娘が亡くなって10年になることや、故大納言が娘を入内させようと思っていたこと、さらには兵部卿宮の正室が娘の気苦労の種であり、その心労もあって娘が亡くなったことなどが、すっかり省筆されているのです。

 『十帖源氏』のここは、こうしたダイジェスト化が著しい部分なので、その文章もうまく通じません。問題となった「なく成て」についても、『十帖源氏』のように大幅に省略されてできあがっている文章からは、娘が兵部卿宮の正室への心労から亡くなった、という意味では受け取れません。この『十帖源氏』の文章だけを素直に読むと、兵部卿宮が娘の元に来なくなった、という意味にとるのが自然です。つまり、ダイジェスト化に伴って、文章の意味がズレてしまっているところなのです。

 ということで、『十帖源氏』のこの部分は、次のような現代語訳になりました。


「僧都」は笑いながら、「突然夢語り
ですか。(ずいぶん前に)「按察大納言」が亡くなりました。その妻(尼君)が私の
姉で、出家して尼になり、「按察大納言」との間に生まれた娘
一人の世話をしていました。その娘の家に兵部卿宮が通っていたのに来なくなったので、
娘は物思いから病気になってしまったのです」などと言います。


 『十帖源氏』は、『源氏物語』を簡略にして、女性や子どもにわかりやすいようにしました。しかし、このダイジェスト化にも無理があり、こうした文意が捻れてしまった部分もあるのです。

 まだまだ、こうした例は多いことでしょう。
 一口に梗概本といっても、その内容を確認すると、さまざまな問題点を抱えた、無理やりとでも言うべき簡略化の手法がとられているようです。

 ここでは詳しくは検証する暇がありません。機会をあらためて、こうした問題をまとめたいと思います。

 次回は、4月22日(火)午後6時半より、場所は同じく荻窪駅前の「あんさんぶる荻窪」です。
 突然の参加も歓迎です。いろいろな言語を使っておられる留学生の方の参加も、楽しみにしています。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎源氏物語
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