2014年01月23日

読書雑記(92)浅田次郎『活動寫眞の女』

 昨日の記事「京洛逍遥(304)京都府立鴨川公園と目玉の松ちゃん」を受けて、京都の映画草創期を扱った作品を取り上げます。

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 本作品では、映画の全盛期から衰退の様子について、次のように語っています。


「映画少年」という言葉は今や死語であろう。だが、テレビの普及する以前の邦画全盛期に育った僕らは、およそ何入かに一人がまちがいなく「映画少年」だった。
 なにしろ町なかにはやたらと映画館があり、東宝、東映、日活、松竹、大映という邦画五社がこぞって週替わり二本立ての映画を上映していたのだ。
 もっとも、僕が京都に行ったそのころには、そうした隆盛の時代もうたかたのごとく去り、映画館は続々と閉業していたのだが。
 東映は伝統の時代劇からヤクザ路線へと転換し、東宝は時代におもねったグループ・サウンズの歌謡映画を作っており、日活は青春アクション映画を見限って、ロマンポルノの時代に突入していた。大映は最後の力をふりしぼった大魔神の像とともに消え去ろうとしており、とりわけ金看板の市川雷蔵がその年の夏に三十七歳の若さで死んだことは、邦画の凋落を象徴する出来事だった。(54頁)


 ちょうど私の青春時代と一致している頃の話です。

 そもそも日本に映画を持ち込んだのは、京都の実業家であった稲畑勝太郎です。1896年のこと。稲畑はリヨンで学んだ後、エミュエールが発明した技術と機器を、京都に持ち帰ったのです。京都電灯会社の庭で映写会をしたのです。

 本作品の中に出て来る京大北側の進々堂でのシーンは、いかにも京都らしい設定です。

 京都府立鴨川公園に、尾上松之助の銅像があることはすでに書きました。その松之助のことは、本書にはほんの少しだけ、それも一カ所で触れているだけです。

 本作の恵まれなかった女優の話は、私には中途半端な作り事に思え、退屈な思いをして読み進めました。この話の中では、プラスには働いていない設定のように思えるのですが。

 話の幕間に置かれた映画史とエピソードが、おもしろい味付けとなっています。
 この作品は、小説としての出来は評価できません。しかし、映画興亡史をわかりやすく知ることができる点では、少しは意味があるかもしれません。もちろん、小説としてではなくて、単なる読み物として。
 とにかく、彷徨える霊魂の話は説得力に欠けるため、作品全体が読者に迫ってくる迫力はありません。

 後半は話に真実味がなく、オタクの映画ネタに頼って展開するだけでした。
 一応、京都と映画史を扱った読み物がある、という意味で紹介しておきます。
 駄作です。【1】

書誌情報︰1997年に双葉社から単行本として刊行
     2000年に文庫版として双葉社から刊行
posted by genjiito at 23:51| Comment(0) | ■読書雑記
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