2013年12月21日

『源氏物語』の本文に関する研究会のために渋谷へ

 今朝方は、大きな地震で目が覚めました。といっても、時間は午前1時10分過ぎでした。
 ドンと大きく揺れ、後はしばらく波打つように揺れていました。震度3だったそうです。
 東京で地震に遭うことは、避けられないこととして覚悟しています。ようは、その被害をいかに食い止めるかが問題です。

 様子見を兼ねて、隅田川の散策に出かけました。
 何事もなかったかのように、川は流れています。

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 さて、國學院大學の豊島秀範先生が、科学研究費補助金「基盤研究C」「源氏物語の本文関係資料の整理とデータ化及び新提言に向けての再検討」というテーマで、3年間にわたり共同研究を展開してこられました。
 今日は、その最終回となる研究会です。

 大学の入口には、早くも松竹が飾られていました。
 そして、今日は3つもの研究会の看板が出ています。
 年の瀬とはいえ、研究会活動はますます盛んです。

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 本日の会場へ向かって歩いていると、真正面の見晴らしがよくなっていました。
 ここには、体育館がありました。

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 学生時代には、この体育館で入学式や体育や卒業式をしました。その建物が取り壊されています。私の知っている國學院大學の建物は、これですべてなくなりました。
 すべての建物が私の学生時代と断ち切られたことは、爽やかさと共に一抹の淋しさをも感じさせます。新しくなっていくことへの清々しさには、私が知っている過去が取り壊されたことを意味します。複雑な思いにさせられました。

 今日は、「第三回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会」です。
 豊島秀範先生の「開会の辞」の後、先生ご自身が「河内本の本文の特徴 ―「桐壺」「空蝉」を中心に―」という発表をなさいました。

 今日の発表の中で、私が提唱する試案にとっては、格好の傍証となる例がありました。
 それは、「いと さう/\しと 思ふ」という本行の本文があり、その「さう/\し」という語句の右横に「いとをし」という語句が傍記されていたと想定した場合に、私が提唱することが当てはまるからです。
 それは、傍記されていた「いとをし」が、当該箇所の「さう/\し」という語句の前に滑り込むと、「いと いとをしく さう/\しと 思ふ」という文になります。
 また、傍記されていた「いとをし」が、当該語句の「さう/\し」という語句の後に滑り込むと「いと さう/\しう いとをしと 思ふ」となります。

 つまり、傍記が前と後に滑り込むことによって、2つの異文が生まれる、ということです。
 ここで前に混入する前者が、私の言う二分別の〈乙類〉であり、後に混入するのが〈甲類〉なのです。この〈甲類〉は、これまで私が〈河内本群〉と言っていたものが該当します。

 この例は、それがきれいに説明できる例となっているのです。

 私が提唱している、『源氏物語』の本文の二分別試案は、少しずつ実証できる確率が高くなっています。それは、『源氏物語』の本文は内容から見ると〈甲類〉と〈乙類〉の2つに分かれ、〈甲類〉は傍記が後に混入し、〈乙類〉は傍記が前に混入することを立証するのに適した例に、数多く出会うようになったからです。
 『源氏物語』の異文は、まずは傍記が前後に混入することによって発生する、と考えて間違いないと思います。

 『源氏物語』の本文は、池田亀鑑が本の形態から分類して言った〈いわゆる青表紙本群〉〈河内本群〉〈別本群〉の3つに分かれるのではなくて、物語の内容から〈甲類〉と〈乙類〉の2つにしか分かれない、という考え方が間違っていないことの確証を得る例に、よく出会うようになったのです。

 いつか、誰かが、この試案をもっと手堅く証明してくれることでしょう。
 それまで、さまざまな例示を公開する中で、この自説を言い続けていきたいと思います。

 続いて、中村一夫氏の「仮名文テキストの文字遣 ―語と表記の関係性―」、上原作和氏の「方法としての池田亀鑑 ―『校異源氏物語』の成立と桃園文庫―」、上野英子氏の「覚勝院抄の本文と註釈」、田坂憲二氏の「神宮文庫本『紫明抄』について」、そして私の「新規採択の科研基盤(A)・海外における源氏物語研究と各国語翻訳について」と続きました。

 私のものは、研究発表というよりも報告です。しかし、翻訳本をめぐる取り組みなどの話がおもしろかった、と好意的に聞いてもらえたことは収穫でした。みんなと一緒に取り組む課題が楽しいということは、何と言ってもすばらしいことだと思っています。
 今回獲得した補助金を活用した研究では、みんなで楽しく取り組んでいきたいものです。

 最後に上野英子氏の「閉会の辞」があり、これで3年間続いた豊島科研は大きな成果を残して閉じられることとなりました。

 和やかで、充実した研究会に参加できたことは、貴重な体験ともなりました。
 豊島先生、お疲れさまでした。

 懇親会は、渋谷のスペイン料理屋さんでした。
 三省堂で辞典を担当なさっている方が、今もスペイン語の勉強も続けておられたのです。その方がご一緒だったので、スペインの話で盛り上がりました。

 みんなで、来年もよいお年を、と言い合って散会しました。
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◎源氏物語
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