2013年10月06日

京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その7」

 遅々として進捗しない『十帖源氏』の現代語訳の確認を、それでも根気強く続けています。

 今回は、「須磨」巻において、光源氏のお供である義清(一般的には良清と書く)が、明石の入道の娘のことを思い出して恋文を出した場面です。

 ここは、第5巻「若紫」の最初で、光源氏が病気療養に赴いた北山で、義清から明石の浦のことを聞いたことを受けています。
 その「若紫」では、次のように簡単ですが語られています。
 ちょうど、雀の子を逃がして泣く少女を覗き見する直前にあたります。


はりまのあかしのさきのかみ、しぼちのむすめかしづくなど、義清申出す。〔46・ウ〕
 
【現代語訳】(風情のあることで有名な)播磨の国の明石の浦の前長官(明石の入道)で、近ごろ出家した者が娘を大切に育てているなどという話も、好色な「良清」が話し出します。


 なお、現在公開している、首巻「桐壺」から第9巻「葵」までの『十帖源氏』の現代語訳の最新版は、以下のNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページを参照してください。

「『十帖源氏』の翻字と海外向け現代語訳の公開」

 さて、その「若紫」での話と関係づけられて、今この「須磨」で義清が思い出したようにして語られている場面に戻ります。

 この義清の求婚を、父の入道は無視します。
 そして、『十帖源氏』は、次のようにダイジェスト化しています。


父入道より、聞ゆへき事なん。あからさまにたいめんもかな、といひたれと、うけひかざらん、うしろ手、くつしいたうていかず〔84・オ〕


 ここを、担当者は次のように現代語訳しました。


父の〈入道〉から、話したい事があります、少しの間でも直接会いたいと言ってくるけれども、(娘の事は)承知してくれないだろう、(空しく帰る)後ろ姿も情けない、と思って行きません。


 まず、訳文が長いので、短い文を連ねよう、ということになりました。
 また、誰が何をどうしたのかを明確にしないと、海外の方々の現地語訳が混乱するので、それを避けるような現代語訳を考えよう、ということになりました。

 こうした配慮を施しての現代語訳を、参加者みんなで考えたので、この日はこの箇所だけで終わりました。
 そして、次のような現代語訳が完成しました。
 ここでは、特に「うけひかざらん」「うしろ手」「くつしいたうて」の訳に手こずりました。
 以下は、その苦労の結晶でもあります。


父の〈入道〉から、「(〈光源氏〉に)話したい事があります。少しの間でも直接会いたい」と言って来ました。しかし、義清は「(入道は自分の求婚を)承知してくれないだろう」と、自分の帰る姿を思うとみじめで、入道の所へは行きません。


 明石の入道、その娘、義清、光源氏の4人の関係を、もっと明確にすると、さらにわかりやすい現代語訳になります。しかし、ダイジェスト化という簡略版の『源氏物語』の趣旨から言っても、これ以上はことばを費やして説明的な訳文にするわけにはいきません。
 あとは、現地の言語が持つ表現力と翻訳者の創意に頼るしかありません。

 『十帖源氏』の3行分を、2時間もかけて検討を重ねました。
 こうしたことの積み重ねから、我々もことばに対する感覚が磨かれていきます。

 次回は、11月9日(土)午後3時から5時までです。
 場所は、同じくワックジャパンです。
posted by genjiito at 21:05| Comment(0) | ◎NPO活動
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