2013年09月10日

吉行淳之介濫読(12)『男と女の子』

 主人公である岐部は、恋愛を避けて生きています。男と女に関する比喩が、抽象的になり、色彩を伴って絵になるような場面がいくつか現れます。内容よりも、印象に残るシーンが創出されるのです。
 ヌードモデルになりたいと言う少女の様子から描かれます。少女の幼さが浮かび上がります。原爆で孤児になったのです。
 岐部の友人の2人は、長崎の大学に入学し、原爆で亡くなりました。岐部は億劫だったので東京に残ったために、命拾いをしたことになります。
 恋愛感情を極力排して、不機嫌に腹を立てる気持ちを維持しながら、岐部は生きています。自分からは積極的には前に出て行かない男です。
 知り合った少女が歌手になり、テレビに出るうちに場慣れしていく姿を、克明に描きます。
 とにかく岐部は、さまざまなことを考え、思いをめぐらせます。自分で考えて納得しないとすまない性格なのです。
 物語の最後がいいと思いました。着地が決まったという感じです。
 後の吉行のエンターテインメントの要素が、至るところに鏤められているようです。【2】

※ 今回読んだ中公文庫には、34年前に読んだ時のメモが記されていました。
 再読してみて、かつてチェックした意図もその意味も思い出せません。なぜこんな所に線を引いたのだろう、と思いながら読み終えました。
 20代と60代の感じ方の違いであることは明らかです。成長したのか、感覚が鈍感になったのか。
 吉行淳之介の作品は、そのすべてをすでに読んだので、今後は再読しての思いを綴ることになります。可能な限り、かつて手にした本を取り出して来て読み、30年の時を隔てた読後感の変化も楽しみたいと思います。
 
初出誌:『群像』(昭和33年9月)
 10月に大日本雄弁会講談社より刊行
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | □吉行濫読
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