2013年09月05日

入江たか子の写真へのこだわりを反省

 先月初旬に刊行した編著『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』(新典社)の最後に、「アルバム・池田亀鑑(昭和七、八年)」として4枚の写真を掲載し、編者としての私見を付しました。
 そのうち、後の2枚についての推測に関しては、「昭和初年の2人の女優に拘っています」(2013/8/20)でも、私見を整理して掲載しました。

 その後、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』をご覧になった浅岡邦雄氏(中京大学)と横溝博氏(東北大学)より、入江たか子ではないと思う旨のご教示をいただきました。
 特に、横溝氏からは、ネット上に公開されている九条武子の写真とともに、以下のコメントも頂戴しました。
 
 
 
130905_kujyou
 
 
 


いま、手元に年譜がないので詳細が不明ですが、九条武子が下落合に住んでいたころのことかと思われます。没年である昭和3年以前であることは間違いないでしょう。


 確かに、私が『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に掲載し、上記ブログでも公開した女性とこの九条武子の写真は一致します。

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 この貴重なご教示に対して、私からは次のようなお礼と補足説明の返信しました。


『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に掲載した写真について、ご教示に感謝します。
実は、中京大学の浅岡邦雄先生からも、横溝さんと同じ指摘をいただいています。
さらには、写真の所蔵者である池田研二先生も、3年前から九条武子では、とおっしゃっていました。
亀鑑の助手だった木田園子さんから、そのように聞いていた、とのことでした。
しかし、池田亀鑑のヘアースタイルに私が拘ったために、昭和7年から8年の写真としたものです。
今回、横溝さんから送っていただいた写真により、顔はもちろんのこと、帯や着物の柄からも、九条武子と認定すべきだろうと判断します。
もう少し裏をとってから、ブログを通してお詫びと訂正の報告をしようと思っています。
現在、「婦人世界」という雑誌に注目しています。
これについて、何かご存知のことがあれば、またご教示いただければ幸いです。


 ここで、池田研二先生のことに言及しているのは、研二先生から先日も以下のお考えを伺っていたからです。
 箇条書きで列記します。


(1)「九条武子」か、「入江たか子」か、の件ですが、私の心中では、いまだ九条武子説を完全には払拭しきれておりません。
(2)亀鑑の助手を務めた木田園子女史からは、確かに九条武子と聞いたと記憶します。
(3)お貸しした古いアルバムは私が整理して貼り付けたものですが、撮影日順に従わず、偶々、古写本展示会の近くに、少し前の写真を貼ったのかも知れません。
(4)この手のインタビューは雑誌に掲載の目的であれば、「日本少年」や「少女の友」への記事の筈はなく、「婦人世界」への掲載と思います。
(5)当時の「婦人世界」の目次だけでもあれば、九条武子生存中、何らかのインタビューを「婦人世界」の読者向けに行った可能性も無いとは言えず、それが分かるかも知れません。
(6)遺された写真や雑誌の整理をしたのも半世紀も前のこととて、全くのうろ覚えで恐縮ですが、「婦人世界」の複写中か何処かでこの写真が掲載されているのを見たような気かしてならないのです。「・・・・右は本誌記者・・・」とか注記してあったような気がします。


 ということで、私が入江たか子と推測したことは間違いで、この写真は九条武子と池田亀鑑ということに訂正いたします。お騒がせしました。

 池田研二先生からいただいていたご教示は、私がこの写真を昭和7・8年と思い込んでいたために、さらなる確認を怠っていました。また、横溝氏ご指摘の写真についても、調査の過程で見たように思います。しかし、これも流してしまったようです。
 弁解がましくなり、恐縮します。

 膨大な資料を渉猟する中で、慎重な確認をせずに遣り過ごしていたことに対して、反省頻りです。
 入江たか子に拘ったことについては、次の『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第3集』で池田亀鑑が書いた小説を取り上げる予定であったことが、判断を誤らせた原因の一つでもあります。
 池田亀鑑が池田芙蓉のペンネームで書いた『馬賊の唄』という、中国大陸から旧満州にかけての冒険ロマンと、入江たか子の満州国に関する映画作成に気持ちが移っていたことは確かです。
 思い込みの怖さを、今回の件で痛感させられました。

 併せて、4枚目の写真の伊藤智子についても、その妥当性はともかく、昭和8年と限定せずにもっと幅広く見渡すことが求められます。手元に集めた資料を再確認する中で、あらためて考え直したいと思います。

 さて、さらにこの写真における対面の背景を探るためには、「婦人世界」の記事を確認する必要が出てきました。
 これまでに、「少女の友」の調査は終えているので、次のステップに移ろうと思います。
 雑誌記者としての池田亀鑑の実像を明らかにしていくことになります。

 この件でのさらなるご教示をいただけると幸いです。
posted by genjiito at 20:03| Comment(0) | □池田亀鑑
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