2013年09月02日

読書雑記(78)寺澤行忠『アメリカに渡った日本文化』

 寺澤行忠著『アメリカに渡った日本文化』(淡交社、2013.7.19)を読みました。
 
 
 
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 目次は次のようになっています。

序章 日本文化の特質
第1章 伝統文化
第2章 現代文化
第3章 日本美術
第4章 宗教
第5章 俳句
第6章 日本語図書
第7章 日本語教育
第8章 大学における日本研究
第9章 アメリカ各地の日本文化
終章 文化立国・日本へ

 著者の「あとがき」の一部を引いておきます。
 調査した事実に基づいて今後の日本の方向を示そうとした、意欲的な報告書となっています。

まず、アメリカに渡った日本文化の全体像を出来るだけ客観的に肥述することを心がけながら提示し、その上で日本文化をよりよいかたちで海外に紹介するための方策や、日本が進むべき方向について考察した。(232頁)

 その調査は、自分の足で歩き、そして千人近い方々からの聞き取りを通してであることは、とにかく徹底しています。日本文化が海外でどのように受け入れられているのかを、著者の五体を存分に活用しての成果なのです。日本文化の伝播が、具体的な情報や事例を基にして語られているのです。

 まず、茶道が話題となります。
 アメリカにこんなに本格的に伝わっているのかと、驚きました。
 裏千家の積極的な海外への普及活動は、特筆すべきものがあるようです。

 古典芸能の海外公演は、海外における日本人に日本文化の再認識を促す効用を持つという指摘は、それが具体的な分析によるものであるだけに、おもしろいと思いました。

 日本からアメリカに渡った日本美術の詳細な報告は、とにかく圧巻です。よくもこんなに、と思うほどです。これを見て、里帰り展と言われるものの位置づけを考えさせられました。アメリカに保管されていてよかった、と思われる事例がいくつもあるからです。

 今、私はハーバード大学が所蔵する『源氏物語』の調査を終えた所です。これは、鎌倉時代の中期といってもいいほどの写本で、『源氏物語』の中でも最も古い部類に属するみごとな古写本です。これも、アメリカに渡ったために、こうして無事に残っているといえるのですから。

 宗教としての禅がアメリカで広まっている情報は、貴重だと思います。日本の芸道の理解が、さらに深まることでしょう。

 日本文学の翻訳については、私がまとめた以下の仕事も紹介していただけました(103頁)。こうした機会を得て、広く知られることはありがたいことです。

『海外における上代文学』(国文学研究資料館、2006)
『海外における平安文学』(国文学研究資料館、2005)
『海外における源氏物語』(国文学研究資料館、2003)
『海外における日本文学研究論文1+2』(国文学研究資料館、2006)


 翻訳の重要性は、日本文化の国際理解に直結します。
 日本の翻訳事業について、国際交流基金の仕事の重要性が語られています。これは、海外に行って翻訳本の調査をすると、その意義深さが実感できます。

 これに関連して、事業仕分けで問題となった文化庁の「現代日本文学の翻訳・普及事業」について、興味深い数字が示されています。日本では年間予算は1億5千万円だったのが、フランスでは52億円も計上されているというのです(107頁)。理由はあるせよ、これは日本の文化行政の立ち後れであることは明らかです。真剣に考えるべき課題が、こうしていくつも提示されているのです。

 さらには、日本語の国際化についても提言があります。

鈴木孝夫氏が説かれるように、日本語を国連公用語にすることも検討されるべきであろう(『新武器としてのことば』、二〇〇八年、アートデイズ刊)。日本は国連に対し維持運営のための拠出金を、アメリカに次いで二番目に多く負担している。国民総生産(GDP)は、最近中国に抜かれたが、それでも世界第三位である。日本語を母語として使用する人口は、一億二五〇〇万人、世界第九位で、フランス語のそれより多い。日本語が日本一国でしか使われていないというなら、中国語も同様である。現在国連の公用語は、英語、フランス語、ロシア語、中国語、スペイン語、アラビア語の六言語であり、日本語はこれらの言語の一角に加えられる資格は充分にある。日本語を加えることによる国連経費の増加分は、日本が負担することは当然であろう。(118頁)

 国連の公用語については、初めて知りました。
 確かに、日本語を理解しようとしている人々は、私の知る限りでも世界各国にたくさんいらっしゃいます。一言語としてではなくて、歴史や伝統と文化を併せ持つ言語として、自信をもって国際的な場でも使えるような環境整備から検討されてしかるべきだと思うようになりました。

 アメリカの図書館情報も興味深いものが目白押しです。ワシントンにある議会図書館の詳しい情報は、日本文化の伝わり方を理解する上で有益でした。

 アメリカの大学における研究者の情報も、網羅的で理解を深めます。アメリカ各地の日本文化とその研究に関する実態が炙り出されているのです。
 外国として訪れた者が見逃している日本文化の拡がりと足跡が、著者の足を使っての聞き取り調査により、具体的に現前してきます。気持ちがいいほどです。

 日本人留学生の減少については、ハーバード大学における次の例が典型的だと思いました。
 それは、次のように記されている箇所です。

ところで近年、日本人学生のアメリカに留学する数が、かなり減少傾向を示している。アメリカ国際教育研究所が発表した二〇一二年度の統計を見ると、アメリカにもっとも多くの留学生を送っている国は中国で一九万四〇〇〇人、次いでインドが一〇万人、さらに韓国七万二〇〇〇人、サウジアラビア三万四〇〇〇人、カナダ二万七〇〇〇人と続き、日本は台湾に次ぐ第七位、約二万人である、九四年から九八年にかけては、アメリカへの日本人の留孚生数は世界一であった。ところがピークの九七〜九八年に四万七〇〇〇人いた留学生が、今はその半分以下となり、中国の約一〇分の一に過ぎない。一方中国は前年比二三・一%増、アメリカにおける留学生の二五・四%を占めている。二〇一二年度におけるハーバード大学学部課程の留学生は、中国人五〇人、韓国人四七人に対し、日本人は九人しかいなかった。(215頁)

 これは、非常にショッキングな情報だ、としかいえません。

 終章で、日本が文化立国・文化大国を目指すように、著者は訴えています。

 今は、文化侵略などできない時代です。過去のことを持ち出して前に進めない状況に縛られることなく、国と民間の役割を見直すことが大事です。
 ソフト・パワーによる世界貢献のためには、本書の情報はますます判断する上での貴重な材料となります。そして、今後進むべき道やビジョンを検討する有益な情報源ともなります。

 なお、国立国語研究所のプロジェクトの一環として、議会図書館に収蔵された『源氏物語』の翻字や影印をインターネットに公開していることにも触れてほしかったと思います。
 アメリカに渡った日本の文化資源を、日本側で新たに掘り起こして日本の技術で世界に公開しているものなのです。これは、ハーバード大学所蔵の『源氏物語』についても同じことです。

 また、福田秀一先生の業績について、参考文献にあげられただけでは物足りなく思いました。
 アメリカに拘ってのものなので、思い切られたのでしょう。しかし、福田先生の功績は、忘れられないと思います。本書を一読して、福田秀一先生のお仕事の延長に位置する、すばらしい仕事の成果だと思いましたので、少し言及しておきます。

 著者が聞き取られた情報は、大学の日本学や日本語教育に関するものだけでも、今回はほんの一部だとのことです。続刊で、こうした点をさらに掘り下げて、分析結果を示していただけると幸いです。【4】
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■読書雑記
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