2013年08月27日

京洛逍遥(287)文学散歩で東福寺と泉涌寺へ

 昨日、立命館大学で「花鳥余情研究会」がありました。テーマは「一条兼良と花鳥余情を考える」で、2つの研究発表と資料展示がありました。

研究発表1 松本大氏(大阪大学大学院)
研究発表2 森田直美氏(国文学研究資料館)
立命館大学 西園寺文庫所蔵資料閲覧

 非常に興味深いものだったので、行く予定をしていました。しかし、突然体調がおかしくなったので、無理をしないようにしました。

 今日は、昨日に続いて文学踏査があり、京都市内の平安文学、一条兼良にかかわる場所を中心に散策するとのことです。体調が復したので、これには参加してきました。

 昨日に続き、爽やかな秋の気配がする好天に恵まれました。

 まず、東福寺です。京洛はいろいろと回りました。しかし、ここに来た記憶がありません。自転車で行くには遠いからでしょうか。

 開山堂の裏手に一条兼良のお墓があるそうです。ただし、入ることはできませんでした。
 
 
 
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 紅葉の名所として名高い通天橋を、私は初めて見ました。
 これは、ぜひ秋にもう一度来たいと思います。
 
 
 
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 この通天橋の袂の庭に、「高松宮宣仁親王殿下 喜久子妃殿下 記念御植樹」という碑があることに気付きました。
 
 
 
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 『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』の編集を通して、高松宮喜久子妃殿下にお付きだった老女小山トミさんが、昭和7年に東大で開催された源氏物語展覧会の写真で、池田亀鑑の後に写っておられることがわかって以来、こうしたものに反応するようになりました。来週は、そのお孫さんにお目にかかるために学習院大学へ行きます。この記念植樹の碑のこともお伝えしたいと思っています。

 東福寺から泉涌寺へと移動する途中、退耕庵がありました。これは、私が若い頃に小野小町のことを調べていて、何度か訪れたことのある場所です。
 門前の石碑に「小野小町遺跡」と刻まれています。しかし、ほとんどの方は特に案内がないのですから、通り過ぎて行かれます。ガイドブックには載っているのでしょうか。日本の文学との関わりで、少しでも多くの方々にこうした場所に親しんでいただきたいものです。その意味からも、この入口に案内がほしいと思いました。
 
 
 
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 少しあやふやな記憶をたどりながら、みなさんにも一緒に入ってもらいました。
 確かに、小野小町に関わる玉章地蔵がありました。
 
 
 
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 小町寺の左手前には、小野小町百歳井戸がありました。40年前の記憶が、少しですが蘇りました。

 泉涌寺へ行く途中で、「夢の浮橋跡」という碑も見ました。
 
 
 
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 これには、

ことはりや
 夢の浮橋
  心して
還らぬ御幸
 しはし止めむ

と刻まれていました。
 横の説明板には、

 夢の浮橋という名は、源氏物語・宇治十帖の「夢の浮橋」の名に因み、この娑婆世界の無常の様が、夢のごとく、はかないものであるという例えからとったと伝えられている。

とあります。
 もちろん、『源氏物語』とは関係はなく、今は暗渠となりこの橋もありません。建設会社の寄贈になるものでした。このような碑もある、ということで紹介しておきます。

 泉涌寺に入ると、左に楊貴妃観音堂がありました。そして境内正面に聳える仏殿の右横に、清少納言の歌碑があったのです。今日、案内していただくまで、まったく知りませんでした。「夜をこめて〜」という『百人一首』に採られている和歌が刻まれていました。平安博物館が働きかけて建てられたものだと思われます。
 
 
 
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 それにしても、入口でいただいたパンフレットにも、この石碑の周りにも、何も説明がありません。
 せめて、ここに清少納言の歌碑があることの案内があってもいいし、またそのようにしていただくように働きかけていく必要性を痛感しました。

 とにかく、日本の古典文学に興味をもつ人が激減しているとのことです。大学で古典文学を勉強しようと思う若者は、いずれはいなくなるだろう、とも言われています。就職に結びつかず、誰かのために役立つこともない、と言うのが実情のようです。本当に一般教養になりさがった日本の古典文学について、こうした観光地などで少しでも道案内となり、文学や歴史に関連づけて名所旧跡が知られるようになったらいいな、と思っています。
 功利主義のもと、何の役にもたたない古典文学の知識ということで捨て去られることは、日本文化の衰退の機運を一層加速することになります。このことについては、少しでも声をあげたいところです。

 泉涌寺から東大路通りに出る途中で、鳥戸野陵に立ち寄りました。
 
 
 
130828_toribenoryou
 
 
 
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 ここは、一条天皇の皇后であった定子の陵です。
 歴代天皇の皇后や内親王の火葬塚ともなっています。

 この地に関しても、泉涌寺から特に案内があるわけでもありません。
 知らないと素通りです。もったいないことです。

 今回の文学散歩に同道して、名勝の地と関連する文学の情報がリンクしていないために、訪れた方々を日本文学の領域に案内できない状況になっていることを、非常に残念に思いました。
 このことについて、今できることを遅ればせながらこれから考えて、一つでも提言していきたいと思います。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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