2013年08月25日

読書雑記(77)中島岳志『「リベラル保守」宣言』

 中島岳志著『「リベラル保守」宣言』(新潮社、2013.6.30)は、日頃は気になりながらも直視していなかった問題を、なるほどと思わせる視点とわかりやすい語り口で教えてもらえた本でした。
 
 
 
130825_nakajima
 
 
 
 何を突然「中島岳志?」、と思われる方もいらっしゃるかと思います。
 小谷野敦氏のブログ「猫を償うに猫をもってせよ」では、「笑わせるぜ中島岳志」(2013-08-18)という記事がアップされています。
 そんな最中に、この本を興味深く読んだのです。

 安心してこの本を読めたのは、私が著者を知っているからでもあります。
 中島君と一緒にインドで3ケ月間暮らした日々については、「突然インドへ飛ぶ(第3週 01/20〜01/26)」(2002/01/20)をご参照ください。

 私のインド体験は、すべてが中島君のおかげです。毎日、金魚のウンコのように連れ回ってもらっていたのですから。そして、その生活の中で、彼は真宗大谷派の「ばらばらでいっしょ」という言葉を口にしていました。「みんなでいっしょ」ではなかったので、強烈に印象深く刻まれた言葉でした。
 そのことが、本書を読んで繋がり結び付いたのです。
 そして、読み終わった今、保守思想とは何か、戦後の保守とは何だったのか、ということを思い直すことになっています。好い時に、良いタイミングで、佳い本に出会えました。

 本書は、「リベラル」と「保守」の接合点を探るものです。それは、近い将来しっかりとした理論を書くためのラフスケッチだそうです(「まえがき」より)。中島流「リベラル保守」のスタート地点をなすものです。

 そして、「あとがき」を見て、現実社会を自分の信念よって批判的に語ることの多難さを知らされます。橋下徹批判に関する問題です。
 本書は、当初の出版社からは刊行されなかったからです。メディアに対して持論を貫くこの若者の姿勢に、頼もしさを感じます。引くに引けない中での判断に、著者らしさが窺えます。
 上から目線の物言いですみません。インドで共有した中島君との生活の中で、その折々の言動の柔軟さと確固たる信念を見てきたので、本書を読みながら頼もしく見えたのです。当時、彼は京都大学の大学院生、私は国文学研究資料館の教員だったので、年上ということで許していただきましょう。

 本書を通して、私は、他者への寛容ということがキーワードになっていると思いました。それは、著者がインドでいつも口癖のように言っていた、「バラバラで一緒」ということに収斂されるものだと言えるからです。

 「輿論」と「世論」の問題も、おもしろく読みました(48頁)。日本語の問題として、私も興味があります。

 大衆が熱狂することへの懐疑を、ルーマニアのチャウシェスク大統領の処刑を例にして語る場面(72頁)は、説得力があります。そして、保守思想については、熱狂よりも葛藤に注視しているところに新鮮さを感じました。

 親鸞の思想への傾注を語るくだりも、言わんとすることがよくわかります。ただし、同感するかと問われると、私は今は保留です。違うと思うのではなくて、追いつけないというのが正直な感想です。

 多くの人々が社会に居場所をなくしている現在、保守こそその本領を発揮すべき時だと言います。革新だけでは打開できない社会のシステムを、大阪の橋下徹の発言や秋葉原事件を例にして炙り出していきます。

 著者の、人と他者への眼差しに好感を持っています。その関係性と自己存在の実感を重視するところに、中島流の保守主義があるようです。

 震災のこと、橋下徹のこと、原発のこと、貧困のこと等々。
 本書のこうした話題を読むうちに、中島流の切口から見えてくる話を、もっとたくさん聞きたくなりました。【4】
posted by genjiito at 12:12| Comment(0) | ■読書雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]