毎月のように、下鴨から西大寺に出て、そこから西に向かって生駒経由で平群へと、お茶のお稽古で通っています。しかし、西大寺から東向きに奈良へ出たのは、本当に何年ぶりでしょうか。
駅前の行基さんは健在でした。

行基さんのすぐ横を南北に走るもちいどのセンター街や猿沢池の南に広がるならまち界隈に来たのは、「奈良町物語館での古典舞踊発表会2011」(2011年11月 4日)を観に来た時以来です。
この辺りは、様子が変わりました。楽しい雑貨屋さんが増えているのです。しかも、奈良がシルクロードの東の終着点だけあって、中近東の物産が目立ちます。狭い狭い露地の奥に大きなガネーシャの写真が掲げてあり、何だろうと思って行ってみると、インドやパキスタンの雑貨屋さんでした。
私は、ペルシャの雑貨屋さん「メヘラリ・ショップ」で見かけたミーナ皿(銅の七宝焼き)が気に入りました。お店の方にいろいろと話を伺いました。銅にエナメル細工をし、ペルシアンブルーの琺瑯のような器に仕上げたものなのです。
このならまちでは、和物屋さんがあっても精彩を欠いています。ここでは、いかにも日本的なものは、インパクトがないのです。奈良が京都と対抗するためには、このお土産物屋さんあたりから意識改革することが必要です。
奈良は、もっと国際色を前面に押し出すべきです。それも、シルクロードをイメージさせるもので!!!
1988年に、「なら・シルクロード博覧会」がこの奈良市をメイン会場として開催されました。
飛火野会場では「井上靖・シルクロードの足跡館」がありました。この奈良シルクロード博覧会の総合プロデューサーは、井上靖だったのです。
それよりも何よりも、当時私は東大阪の高校で教員をしていました。そこで、学年の年間学習テーマをシルクロードとし、国語科の教材もシルクロード関係のものを編集して使いました。英語科や理科や社会科の先生にもお願いをして、授業内容にシルクロードのことを取り入れていただくなど、学年全体が団結して取り組みました。

その巻頭にあげてある「まえがき」を引いておきます。
謎・未知・冒険の夢街道へ
本書は、盾津高校第一年次の国語で学習する内容の内、教科書に載っていない文章を集めたものです。特に本年の国語科では、東洋と西洋を結ぶ道《シルクロード》を、一年次の授業のメインテーマにして進めていきます。
紀元前四世紀という昔から、東西をつなぐ文化・文物の交流路であったシルクロードは、全長七千キロメートルに及ぶ長大な道です。中国から西へ西へとローマまでつづくシルクロードは、実は中国から東へも延びていたのです。その東の終着駅が、わが国の奈良という地になるわけです。そして今年の昭和六十三年度は、その奈良で《シルクロード博覧会》が開催されます。この機会に、学習内容をより身近なものにするとともに、幅広い知識を身につけてくれることを希望します。
シルクロードをテーマにして勉強するということは、国語ばかりではなくて、社会・数学・理科・英語など、関連した分野の学際的な知識や視点が大切になります。総合的な学習をすることになるのです。また、学校行事などでも、授業から展開した取り組みをすることがあります。視野を広く、心を開いて、悠久の時間の流れと現代社会を見つめる中から、新しい自分の未来を探ってみてください。そのためにも、本書を充分に活用して、楽しい学習の中から確かな学力と思考力を養ってください。
実り多い高校生活を願っています。
昭和六十三年四月
大阪府立盾津高等学校国語科
伊藤鉄也 大橋政勝 関本幸子 塚口芳章 篤田由美
文化祭でも全学年でシルクロードに取り組みました。奈良時代以来のチーズともいうべき蘇を実際に作ったクラスもありました。数十メートルの横断幕を、県庁内にあったシルクロード博覧会の事務局へ行って借り出してきて、校舎の中庭に差し渡したりしたものです。
昭和63年なので、まだユルキャラなどはない時代です。
共同製作のレリーフも作りました。各クラスで図案を考え、48枚の板を一人一人が彫り、組み合わせて彩色レリーフを12クラス分作りあげたのです。
私が担当したクラスは、沙漠・ラクダ・夕陽をイメージした作品が仕上がりました。
カラー写真が見当たらないので、卒業記念文集『思い出つみき』から転載します。

この時のことは、【3.1-井上靖卒読】「井上靖卒読(101)『敦煌』」(2009/11/17)の後半に、簡単に記しています。
さて、もちいどのセンター街の一画にある、奈良の町家を生かしたお店で食事をしながら、かつての同僚と十年以上もの久闊を叙すこととなりました。
生きていれば、いろいろなことがあるものです。
おいしい和食をいただきながら、中庭の今にも咲きそうな大きな蓮の葉を借景に、思い出話やこれからのことを語り合いました。
遠慮のいらない、気の置けない仲間は財産です。
帰りに、手紡ぎの奈良晒で作られたブックカバーをいただきました。麻織物の少しゴワゴワした手触りが夏らしかったのと、ブックバンドのような紐に書物の帙の合わせ目につける爪形の留め具、いわゆるコハゼが気に入ったからです。

千利休は、この麻織物を茶巾として用いたとか。そう聞くと、ますます手触りに親しみが涌きます。
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