2013年07月20日

読書雑記(73)松下幸之助『物の見方 考え方』

 松下幸之助が語りかける本は、予想外におもしろい読み物となっています。
 本書『新装完全復刻版 物の見方 考え方』(実業之日本社、2001.3.16)は、昭和38年(1963)に同社から新書判で刊行されたものの復刻版です。
 
 
 
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 もとは、雑誌『実業之日本』に連載として執筆された所感を、あらためてまとめたものです。事業経営の仕方や実務仕事の心得などが満載です。今の私には直結しない話題のように思っていました。ところがどうして、いろいろと思うところに染み込む内容がいくつもあったのです。

 中でも、「私の軍師・加藤大観」の項目にある話が気に入りました(85頁)。
 信頼とは何か、ということを教えられました。人間の縁の不思議さと運命という、自分ではどうしようもないものの存在とどう向き合うか、という問題です。その受け止め方が、一番大事なようです。

 その他の箇所で、特に私がチェックをした箇所を2つだけ摘出しておきます。


人間というものは、肉体的には三十歳が最高である。そのあとはだんだん衰えてくる。一方、知力はどうかというと、僕の考えでは、まず四十歳が最高であると思う。知力というものを統合的にいろいろな分野から考えてみると、体力は三十歳だが、知力は四十歳が一番盛んなときである。四十歳をすぎるとだんだん下ってくるが、それを過ぎてもまだ知力的な仕事をして相当な地位を保ちつづけていけるということは、過去の経験がその知力に加わってくるからである。(17頁)


 確かに思い当たります。
 六十を超した今、私は経験が加味された生活で帳尻を合わせているのか、と思うと楽しくなります。知力の衰えはもはや如何ともしがたいのであれば、過去の経験をもとにして他人様と接していく方途に存在意義を認めましょう。いろいろと貴重とも言える、語り尽くせぬほどの過去は引きずって来て今ここにいるのですから。

 次の言葉は、本書の最後に置かれた「自分の運を伸ばそう」という項目にある一部です。松下幸之助が東北大学に呼ばれ、学生たちを前にして語ったときのものです。
 運命と信念というものを考える上で、大いに参考になる意見だと思います。
 そして、若者たちを勇気づける言葉ともなっています。


 自分は勉強してきたから、こうなったとか、えらい努力をしたから、こうなったのだとか思うと、どこかに無理が生れ、重くるしい感じがする。そこからどうしても誇り以上のものを考えがちになる。野心も生れてくる。そこに失敗の芽生えがあると思う。
 自分のようなものが、こうなったのは、運命のしからしむるところであるが、ただ、自分は死ぬべきときにも死ななかったという強い運を持っているのだから、これをしっかり握って信念にせねばならない、という考え方で私は半生を歩いてきたといえると思う。これはちょっと妙な話になったので、よくおわかりにならないかもしれないが、皆さんはこの私に比べるとみな恵まれた運の持主であると、私はいいたい。私は小学校すらも出ていないような悲運な人間であった。しかし死にかけて死ななんだというところから、自分の心に大きなものが生れた。その強い運命を基礎にして、そこに信念を生み出した。皆さんは私以上に若いときから立派な運を持っている。それで今日最高学府に学んでいる。やがては卒業して立派な社会人として世にたつ偉大な運命の持主であるということを、私はこの際はっきりと自覚してもらいたいと思う。自分はここまで立派にやってきたのだから、これからはさらに自分の運が開けるぞと考えてもらいたい。(237頁)
posted by genjiito at 23:59| Comment(0) | ■読書雑記
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