2013年05月30日

谷崎全集読過(19)「兄弟」「二人の稚児」

■「兄弟」
 王朝物語です。
 冒頭の語り出しをみると、谷崎は『源氏物語』の「宇治十帖」における浮舟のことを熟知しているように思えます。平安京の中で展開する登場人物の動きが、手に取るように描かれています。谷崎の表現力が、早くから熟していたことがわかる作品です。
 兼家をめぐる人間関係が、おもしろく描かれています。特に、兼通が、弟である兼家へ復讐する心中は、見てきたようです。
 また、道長が若い女房をからかう場面で、誰かが次の上の句をつぶやいて冷やかしました。
 「最上川 のぼればくだる いな舟の……」(『谷崎潤一郎全集 第7巻』28頁)
 これは『古今和歌集 巻20 東歌』にある恋の歌で、下の句は「いなにはあらず この月ばかり」です。上の句を示して下の句を類推させる、日本文学における伝統的な表現手法です。ここでは、「嫌ではない」ということを遠回しに言っているのです。谷崎は、読者がこの歌の下の句を当然知っているであろうことを前提に、あえて下の句は記さずに上の句だけを示して、読者に真意を推測させる語り口をとっています。今の読者には、こうした類推による理解が難しくなってしまいました。しかし、谷崎はあくまでも平安物語における常套手段で書いていくスタイルを見せているのです。というよりも、この作品が書かれた大正2年頃には、読者は物語の受容において、こうした表現手法を理解できていた、とも考えられます。現代は日本古典文学の教育が疎かにされているので、このような古典的な作品に出くわすと、伝統的な表現手法がなされている、という説明や注記が必要になってしまうのです。
 こうした谷崎の創作手法は、後に『源氏物語』の現代語訳をする上で、大いに役立ったことでしょう。【3】
 
初出誌︰大正七年二月号「中央公論」
 
 
■「二人の稚児」
 煩悩に満ちた浮世というものに、二人の稚児は興味を示します。幼い頃から比叡山で育った二人は、浮世がどんなところか知りたくなったのです。女人なるものも、経文の世界では「悪魔」だとか「怪獣」だといいます。しかし、4歳まで母の胸に抱かれて、柔らかい乳房をかすかに覚えている年下の稚児は、どうしても母がそのような恐ろしい人間だとは思えないのです。
 日毎に交わす二人の結論は、女人とは美しい幻、美しい虚無だ、ということになりました。
 16歳になった年上の方の稚児は、上人に内緒で山を下ります。悲愴な決心で、女人というものを、煩悩を明らかにすべく下って行ったのです。
 数年後、上人に嘘をついていたと詫びた年下の稚児のもとに、深草で聟になった年上の稚児から手紙が来ます。浮世への誘いです。比叡山を下り、雲母越えをして京洛に入った後の様子が綴られていたのです。浮世は幻ではなく極楽だとする誘惑と、年下の稚児は心中で闘うことになります。女人の本姿も知りたい。不安と興奮のうちに、道心が崩れそうになります。しかし、女人の情より御仏の恵みを、年下の稚児は選ぶことになります。ラストシーンが美しいのです。絵になります。舞台での効果を想定してのものなのでしょう。
 人間のありようの二態が、巧みに描かれています。【5】
 
初出誌︰大正七年四月号「中央公論」
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | □谷崎読過
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