2013年05月25日

読書雑記(64)佐川芳枝『ゆうれい回転ずし 本日オープン!』

 『ゆうれい回転ずし 本日オープン!』(作・佐川芳枝、絵・やぎたみこ、わくわくライブラリー、講談社、2012年8月)を読みました。この作品は「小学中級から」となっているので、児童文学というジャンルになるのでしょう。
 
 
 

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 日頃はあまり手にして読むことのない分野なので、新鮮な気持ちでおもしろく読みました。ただし、読み手である私に大人の感覚が抜けきれないこともあってか、素直ではない感想を記すことになり恐縮です。
 井上靖が童話を書いています。それとはまったく違う世界が展開し、お話を楽しむことができました。

 さて、エレベータで転落するという事故に遭い、一平君は天界に行きました。エレベータのドアが開いたので乗り込もうとしたら、そこには箱がなかったので地下まで真っ逆さま、というのは、最近もあった事故なので生々しい始まりです。

 天界で一平は悲しくて泣いていました。少し本文を引きます。
 そこに、おしゃかさまが来て、
「おまえはほんとうなら、まだこちらに来るはずではなかった。だから、いずれかならず下界で店を開かせてあげよう。」
と、いってくれたんだ。
 店を出すのが決まったとき、おしゃかさまに、どんなすし屋をやりたいかって聞かれたから、回転ずしにしたいっていった。そうすれば、おとなも子どもも来てくれるし、気楽にたくさんすしを食べてもらえるだろ。(10頁)

 回転ずしのお店を開くことにしたのは、大人も子供も気楽にたくさんたべられる、というのが理由でした。
 天界料理人組合の理解を得て、一平君は下界でお店を出すことになりました。

 さて、下界では、魚屋の潮君がスーパーマーケットの友一君からイジメにあってピンチです。仕返し、仲間外れと、いじめの様子がわかりやすく描かれています。
 そこで、交通事故で天界に行った潮君のおじいちゃんの依頼で、一平君はお店を潮君がいる町で開店します。
 お店では、お皿を運ぶレールはなくて、宙に浮いて回っているのです。ゆうれいが経営する回転ずし屋なのですから、お皿も空中浮遊しているのです。

 やがて、潮君の家族と友一君の家族がこの回転寿司屋に無料招待され、一夜限りの寿司職人である一平君のとりなしで、お互いの誤解が晴れます。
 ここには、本当のことがわかればお互いは理解し合える、ということが語られています。
 このくだりは、もっと丁寧に語ってもよかったように思いました。仲直りの場面が、あまりにも急ぎ足です。

 また、職業に対する差別のことが、和解の場面では触れられないままに進行したことも気になりました。魚の臭いのことが、新鮮さと置き換えられていたのです。ここはもっと言葉がほしいと思いました。

 さらには、母親がクラス発表会を中座したのは、家族のことで病院に行くためだったということが、仲直りの場面では再確認されることなく、フォローもされていません。やはりここでは、家族を大切にするという意識を確認するためにも、これも両家が理解し合う内容の一つにしてほしかったところです。

 もう一点。イジメに対して潮君が【がまん】したことを褒める、という両親の対応には違和感を持ちました。
「(略)でも、大倉さんの、ごかいがとけてよかった。潮、いじわるされても、よくがまんしたわね。えらいわ。」
 お母さんは、ぼくの頭をやさしくなでた。お父さんも、
「負けん気が強いところは、おじいちゃんゆずりかもしれないな……。」
 ふたりにほめられて、
「ぜんぜん、たいしたことないよ。」
 ぼくは、ちょっと強がった。きのうの夜、ろうかで泣いたことは、ないしょだ。(100頁)

 ここでは、自分の身に降りかかっているできごとを、ありのままに語れる家族なり友だちを設定してもよかったように思います。
 後で、友だちみんなが誤解だったと謝ります。イジメの始まりは誤解にあり、誤解が解けたことでイジメがなくなる、というまとめ方はわかりやすいと思います。しかし、「イジメ」の対処を「ガマン」で遣り過ごすのは、問題の解決を読み手に問いかけていません。
 ゆうれいの話にイジメを真っ正面か持ち込んだのですから、正攻法でその問題の解決につながる道筋を語ってほしかったところです。

 あまり注文ばかりでもいけません。
 次の母親と父親の描き分けは、私なりに納得しました。よくある情景だと思われるし、ズバリと、いい指摘がなされていると思います。
「あなたっ、いったい、だれの味方してるのっ。」
 母親が、声をはりあげた。
「味方するとか、しないとかの問題じゃない。ほんとうのことを、聞きたいだけだ。このまま、うやむやにしたら、友一は成長してから、平気で弱い者いじめをする人間になるぞっ。」
「まあ……。」
 父親の、きびしい声に、母親は、だまってしまった。(83頁)

 ただし、男と女の役割分担の再確認を子どもに擦り込むものだと、この手の人物設定を問題視する方もあるでしょう。しかし、現実はこうしたやりとりが一般的にありそうなので、私は的確に両親の性向が描かれていると思います。
 また、この母親像は、次のようなフォローもされています。男女差について、バランス感覚があるようです。
 母親に背中をおされ、友一たちは、なだれこむように、車にのりこんだ。
 父さんも、あわててドアを開けようとしたが、あせってしまって、なかなか開かない。でも、お母さんは落ち着いていて、ドアをさっと開けた。(99頁)

 最後に、「きのうのおすし、おいしかったわねえ。回転ずしなのに、高級なおすし屋さんの味だったわ。」(129頁)とあります。
 著者が寿司屋の女将さんなので、しかたがないとはいえ、「回転ずし」と「高級なすし」の味を比較する意識に、私はどうしても従えません。そもそも、高級とは何なのでしょうか。味ではないはずなので、ここは値段なのでしょう。しかし、いい材料さえ使えば高級なのではなくて、あくまでもおいしいお寿司が食べられることが大事です。
最後の最後で、またまた違和感を抱きました。すなおじゃなくてすみません。【2】
posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | ■読書雑記
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