2013年05月19日

読書雑記(65)筒井紘一『茶道具は語る』

 『茶道具は語る ─記憶に残る茶事を催すコツ─』(筒井紘一、淡交社、2013年3月)を、楽しく読みました。
 
 
 
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 写真が多いので、楽に読み進められます。
 もっとも、茶道を始めたばかりの初心者である私には、お客さまをもてなすための趣向や茶事の極意は、レベルが高すぎてひたすら仰ぎ見る気持ちで展開を追っていきます。分不相応な内容です。しかし、茶道についての視野が広がり、今の自分のレベルなりに得るものが多い本でした。

 終始、著者筒井氏のこだわりが伝わってきます。
 まず、持論である「する茶」のすすめが語られます。女性のための「教える茶」になっている現状に対し、本来のお茶を思い、「する」と「教える」という二つのバランスが程よくとれた状態を理想とされます。そのためにも「教える」に傾き過ぎている傾向に対して、「する」の復活を提唱されているのです。

 このことは、昨日紹介した「読書雑記(64)筒井紘一『新島八重の茶事記』(2013年1月、小学館)」(2013年5月18日)に通底する考え方でもあります。

 さまざまなお茶の実践を語られる中で、私は特に、『源氏物語』で遊ぶ話に興味を持ちました。二番目の章である「源氏物語「匂宮」に遊ぶ」がそれです。本ブログの末尾に、その内容の一部を引用しておきました。
 『源氏物語』に関する茶道具を用いた茶会の演出には、初級レベルの私には眩いほどの世界を垣間見ることとなりました。それでも、こうした遊びに『源氏物語』が関わることに、大いに興味を持ったのです。文化としての知識を共有する中で、一座を作ることのおもしろさが伝わって来ました。
 ただし、これは誰にでもできることではありません。ある特定の、限られた方々にしか実現させられない、一線を画したハイレベルな遊びです。それだけに、そうした世界を覗き見ることの楽しみを楽しめた、とも言えます。

 小林逸翁の話は、伊井春樹先生が逸翁美術館の館長をなさっていることもあり、身近で興味深い例として読みました。「丼茶会」や柿の天麩羅をカボチャと間違えたことなど、おもしろい話です。

 以下、興味を持った箇所を、備忘録として抜き出しておきます。
 

・文化・文政期(一八〇四〜三〇)を経て、天保の時代に入ってきますと、江戸や京・大坂などの富裕町人の子女たちをも含んだ私塾が多数誕生いたします。大坂で私塾を開いた跡見重敬の娘滝野(花蹊・一八四〇〜一九二六)は京都や大坂に開いた塾で、読み書き・算盤のほかに、女子には茶道と生け花、裁縫を教えるなどして、明治八年(一八七五)には東京に跡見学校を設立して、学校における茶道教育を始めます。(9頁)
 
・圓能斎は八重と相談しながら京都市立第一高等女学校(現在の堀川高校)であるとか、京都府立第一高等女学校(現在の鴨沂高校)に茶儀科を設けて女子教育を行うようになりました。それが、現在、女性が茶道人口の九十パーセントを超えるという状況の原点の一つでありました。こうして飛躍的に伸びた茶道人口でありましたが、女子教育が原点にありましたので、「教える茶」が主になってしまい、茶道の本来の姿である「する茶」が後退してしまったところがあります。しかし、「する茶」と「教える茶」は車の両輪であり、一方に比重がかかりすぎると上手く動かなくなってしまいます。現在はどちらかといえば茶道界は「教える茶」に傾きすぎています。だから、これからは、「教える茶」の中に「する茶」が復活するように心がける必要があると思います。(11頁)
 
・茶道とは「日常茶飯事」を基本にしながら精神性と感性を育てる生活文化です。「する茶」が増えれば男性茶人が増えるに違いありません。そして「する」ためには点前作法を挙ぶ必要があり、教える茶人も自ずから増えてくるはずです。(14頁)
 
・『源氏物語』と茶とのかかわりは古く、鎌倉時代末期に始まった闘茶のなかに見ることが出来ます。それは「源氏茶」といわれるものですが、そのもとになったのは聞香の「源氏香」であったと思われます。そのため、競技のしかたは源氏香と同様に五種類の茶を使って産地を当てていく遊びです。(中略)
 当時の茶人たちは『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』などの知識を能楽から吸収したと思われます。その中で『源氏物語』をモチーフにして好み道具を製作した代表的な歴代家元は玄々斎ではなかったでしょうか。好み物の中には「源氏棗」を代表に、樂慶入作の「兎耳水指」などがあります。そして近代になって、「与謝野源氏」や「谷崎源氏」というように現代語訳が出版されるようになると、今回取り上げた「御幸棚」を始め、永樂即全の源氏茶器などが作製されるようになりました。(18頁)
 
・今回は『源氏物語』をテーマにした茶道具の取り合わせを試みることにしました。永樂即全がやきもので行ったように『源氏物語』をテーマにした茶道具の取り合わせは五十四帖のすべてで出来るわけですが、ここでは梅をテーマにして「匂宮」を素材にした道具を取り合わせました。(中略)
 茶会では彼らが六条院へ向かう道中から始めたいと思います。(中略)
 道具の取り合わせは、江戸時代中期に描かれた『源氏物語』の貼交ぜ屏風の中の「匂宮」の掛物を待合に掛け、下に横笛と楽器蒔絵の筒を荘りました。本席の掛物は、認得斎の筆になる二字「梅酔」の横物、花入は宗旦作の尺八銘「鶯笛」を柱に掛け、花は紅白梅。香合は二人の貴族を象徴させた古染付「万歳烏帽子」。無限斎好の御幸棚に、仁清作の箪瓢形の水指を載せてみました。茶碗には関白鷹司政通公手造で「雅の友」銘の赤茶碗と、永樂保全作の呉須赤絵写し「魁」茶碗の二種。薄器は公家好みのものをと考えて、近衛予楽院好の木賊蒔絵中次にして、冷泉為村作の茶杓、歌銘「うへそへし園庭の竹一ふしに千代こもれとて雪のつもれる」を合わせました。最後は、末富製の菓子「舞の袖」で締めくくることにしました。(21〜25頁)
 
・茶会の料理は、正式の折敷に四つ椀がなければ懐石にならないと考えるのではなく、逸翁の丼会のように、鱠仕立の向付を盆に載せて一献目を出し、次に焼物か天麩羅か和え物で二献目を出したら、親子丼か鰻丼などで食事にして前席を終え、席を替えて濃茶・薄茶を頂くという仕方での茶事の普及を図るべきだと考えます。読者諸賢のご主人や周囲の男性たちに茶道を普及していかれてはいかがかと思います。茶道普及の一つの在り方だと思います。たとえ正式でなくても酒と食という日常茶飯が茶事の基本だと知れば、男性は必ず興味を持つはずです。なぜなら、食事が出来て、酒が飲めて、長生き出来る茶が飲めるとなればこれほど有り難いことはないからです。食事をし、酒を飲みながら「雑談」に花を咲かせればよいのです。ただ、茶席の雑談は「数寄雑談」といって、『山上宗二記』のなかで、牡丹花肖柏の歌を引いて次のようにいわれております。それは和歌や連歌で詠んではいけない内容と同じものだというのです。内容は、
  世間之雑談悉無用也、夢庵狂歌ニ云
  我仏隣の宝聟舅天下軍人乃善悪
というものです。宗二が、茶人として心得なければならない十の教えを説いた「茶湯者覚悟十体」に続く「又十体」のなかの一つです。宗教や婿や舅のこと、さらには人の持ち物や善し悪しのことは世間雑談といって話題にしてはいけない内容だというのです。では数寄雑談の基本は何かといえば「花鳥風月」です。花鳥風月を話している限りは人間関係にもひびは入らないし、取り合わせに大切な感性を磨くことが出来るからです。(99〜100頁)
 
・茶を学ぶ方々で趣向の茶会を催そうとする場合は勿論、客人となって出かけられる機会のある方々は、宮中儀礼を少しでも多く知っておかれることをおすすめいたします。(105頁)
 
・私は、現代の茶道界は「教え・学ぶ茶」になってしまっていて「する茶」が忘れられていると思っています。茶道は、「教え・学ぶ茶」と「する茶」の両輪がバランスよく動いて、初めて全うしたことになります。まずは小林逸翁の行った「丼茶会」から始めようではありませんか。(191頁)
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ■読書雑記
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