2013年02月06日

メリッサ・マコーミック先生との会食に同席して

 先週土曜日に、ハーバード大学のメリッサ・マコーミック先生と京都でお目にかかって長時間お話をしたことは、本ブログ「京洛逍遥(254)メリッサ先生と丸太町のマダム紅蘭へ」(2013年2月 3日)に記したとおりです。

 その折の話について、同席した立命館大学大学院の川内有子さんに、その内容を簡潔にまとめていただきました。

 以下、その文章を紹介します。
 
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《メリッサ・マコーミック先生と伊藤鉄也先生の対談に同席して》

 ハーバード大学で日本美術・日本文学の研究をなさっているメリッサ・マコーミック先生が、東京大学に客員教授として来日されています。京都にお立ち寄りになった際の伊藤鉄也先生との会食をしながらの打合せに、私も同席させていただきました。以下、その時のお話の内容を、メモとしてまとめておきます。

 お話は約2時間にわたりました。まず「翻訳の難しさ」が話題になりました。
 伊藤先生は現在、『源氏物語』を様々な言語へ翻訳する下地としてもらうことを目的として、江戸時代の梗概本『十帖源氏』の現代語訳に取り組まれています。
 その際、和歌は現代語訳をすると、訳者の解釈の幅を規定してしまうのではという危惧から、原文のまま表記するように対応されています。

 和歌・俳句の訳者による解釈の可能性に関しては、メリッサ先生も実感された経験がおありでした。
 メリッサ先生も入っていらっしゃるアメリカの日本文学研究者のメーリングリストでは、「俳句の翻訳」が題として出されることがあるそうです。その際には回答者の数だけ多様な翻訳が出来上がり、どの翻訳も正解であり、たった三行の俳句に潜在する解釈の可能性はとても感慨深いです、というお話でした。

 『源氏物語』は作品自体が長大な上に、作中では約900首にのぼる和歌が詠まれています。その翻訳には大変な時間がかかり、メリッサ先生のお話では、ロイヤル・タイラー先生は英訳に7年の歳月をかけられたということでした。翻訳・解釈にかかる時間・労力の大きさが、海外における『源氏物語』研究にとっての一つの大きな壁ともなっているようです。

 原典解釈の難しさは『源氏物語』だけでなく、日本の古典文学全体(特に近世よりも前のもの)についても同様にあてはまります。

翻訳に関連して「解釈」という言葉が出たことから、話題は先行研究の共有へと移りました。
 研究者同士の交流が多くはなされていないため、日本語による研究成果と海外での他言語による研究成果は共有する機会も少ない、というのが現状です。

 メリッサ先生のお話では、他言語圏の研究者には、新たな解釈の可能性を見出しても、日本ではすでに指摘済みのものなのではないか、という不安感がある、ということでした。
 日本語による論文の研究成果は、国文学研究資料館の論文データベースで一括して検索することができます。このデータベースは、大学院生が一本一本の論文に目を通し、キーワードをつけて作成しているそうです。海外で研究する方々にとっても、研究状況を把握する手立てとなるのではという話に、メリッサ先生も大きく頷かれていました。

お二人お話の終わりの方では、日本文学を研究しようという学生の興味をどのように維持していくか、という話題になりました。
 ハーバード大学には、『おさな源氏』、彩色された『十帖源氏』、箱入りの『源氏物語』のセット、源氏物語画帖、「須磨」「蜻蛉」の古写本など、貴重な資料が良い状態のまま残っているそうです。

 貴重な資料に囲まれた環境があるものの、日本の古典文学の研究に対して学生の興味を維持することには、メリッサ先生もお悩みになっていました。
 本文解釈の難しさだけでなく、日本の古典文学の世界を学生自身が感じる機会が少ないことも関係するのでは、というお考えから、先生は、ゼミ生と京都の文学巡りを行うことを考えられています。
 お寺に宿泊したり、文学の舞台を直接目にすることが、日本文化に独自の興味を抱くきっかけになり、研究への意欲へと繋がる契機になると思います、と仰っていました。

 会食が終ったあとも、私はメリッサ先生にご一緒させていただきました。その際、ゼミ生との京都巡りについて、先生がいくつかお悩みになっていることがあると伺いました。ご懸念は、何を見て回るかということについてです。
 ゼミ生の皆さんは、アメリカから長時間の飛行機の旅を経て来られ、さらに時差という負荷も感じた上での旅になります。体力を考えると、あまり多くの場所を回ることはできません。
 先生は、日本に来る機会が貴重であることを考えると、ゼミの皆さんに東京も見せておきたいということもお考えで、コースはなかなか決まりませんね、というお話でした。

 学術的なことではまだまだお役に立てない私ですが、コースの下調べや、ご一緒して案内をすることはできるかな、と思いますし、同じ思いを抱く学生はきっと多いと思います。
 文学を研究する同士であれば、お互いの問題意識の交換にもなると思うので、個人の関わりで終ってしまわないよう、人を巻き込んだ活動にできれば、と感じました。
 
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posted by genjiito at 00:05| Comment(0) | ◎国際交流
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