瀬川欽三カの息子春之助は、尋常四年生の頃からその神童ぶりを見せます。
谷崎自身の自慢話のようであっても、実生活から紡ぎ出される内容に、厭味は感じられません。子供が大人の世界へ背伸びする様子が、一人の少年を通して実に丹念に活写されています。
中学へ通うために仮住まいする家の壁の色や匂いに、春之助が高雅さを感じたとするあたりに、谷崎の並々ならぬ感覚が窺えます(29頁)。後の『陰翳礼讃』につながるものが、すでにここに片鱗として表出しています。
話は、少年の自尊心と虚栄心が揺さぶられる話が展開します。実体験に基づくものなのでしょう。克明に語られています。果ては、暴君になる姿まで描いているので、谷崎の性癖が滲み出ているのです。春之助は、自分は天才で世の中は出鱈目だと思い込むに至ります。
賢愚・貧富・雅俗・尊卑・美醜の好対照が取り上げられます。そして、春之助はその間で思いをめぐらせ、行きつ戻りつします。後の谷崎作品の要素が、この小説の各所に鏤められているのです。その谷崎趣味の萌芽とでも言うべきものが、珠玉のように拾い読みできる作品に仕上がっています。
才気走り過ぎていて、今では厭味に受け取られかねない行動が目に付きます。まさに、いじめの対象になる子供です。しかし、十四五歳の少年の心中は、巧みな表現の中で活き活きと世の中を渡っていきます。
美しいものに最高の価値を置く谷崎の眼は、すでにしっかりと対象を見据えていることが確認できます。
これは、大正4年12月の、谷崎31歳の時の作品です。【3】
※初出誌『中央公論』大正5年1月(大正4年12月作)
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