2012年11月04日

秋の中古文学会(2)―2012

 大阪大谷大学での中古文学会の2日目です。いくつか、楽しみにしていた発表がありました。その中から、2つだけ取り上げます。

 中葉芳子さんの「『源氏物語』の古筆切をめぐって―歌集と梗概本との間―」は、大変興味を持って聞きました。新たに紹介された「伝西行筆源氏集切」をもとにして、そこに記された詞書を丹念に検討するものでした。結論としては、源氏集と梗概本は同じ時期に作られたのではないか、ということでした。

 質問にもあったように、絵巻や絵詞や画帖とも関連しそうで、今後とも興味深い資料です。
 また、和歌を理解するためにも梗概が必要だった、という視点も大事にしたいものです。
 本文については、諸本に異同がないそうです。少し残念なことでした。

 秋澤亙氏の「『谷崎源氏』の中の玉上琢彌―國學院大學蔵「『潤一郎新訳 源氏物語』自筆草稿」を手がかりに―」も、多くの刺激を受ける報告でした。

 谷崎の言う旧版を見直した手順と、玉上琢彌が述べる手順には違いがあります。しかし、國學院大學に残る草稿を確認する限りでは、玉上の言う方が正しいようです。これによって、谷崎訳『源氏物語』の旧訳から新訳を経て新々訳に至る過程が明らかになるのです。

 谷崎は訳を一つの作品として捉えていたので、注は入れたくなかったのです。そのことは、外部からの意見をどう聞き入れたのかを、この改稿の痕を見ていくことでわかってきます。ひいては、谷崎の現代語訳への姿勢が明らかになるのです。
 山田孝雄の書き入れを、谷崎は八割は採用し、二割は無視したようです。もっとも、この数値化は難しいので、今後のさらなる調査に待つことになります。

 玉上琢彌が具申した意見について、書き入れは第7巻「紅葉賀」から、頭注については8巻の「花宴」あたりから、谷崎は玉上を信頼し出したとの指摘がありました。しかし、これも単純なカウントによるものなので、今後に待ちたいと思います。

 質問でわかったことによると、愛蔵版での訳文の変更もあったようです。谷崎訳『源氏物語』は、まさにこれからその制作の経緯が明らかになると言えるでしょう。
 その意味では、今回の報告でこの段階での数値化は、発表者も言うように多分に無理のあるものでした。発表のためのグラフ表示になっていたからです。資料をどう調査し、どのように整理して報告するかは、今後の大きな課題でしょう。当面は、資料紹介と調査報告に徹した方がいいように思います。

 現在、谷崎の新々訳『源氏物語』を通読しています。そろそろ終わろうとしているところです。その訳文の舞台裏を、こうしてドラマの台本ができる過程を追体験するようにして楽しめるのです。ますます谷崎源氏がおもしろくなりました。
posted by genjiito at 22:00| Comment(0) | ◎源氏物語
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