2012年08月24日

糖質制限食から距離を置いた初日

 私が1400キロカロリーというカロリー制限食から、今話題の糖質制限食に切り替えたのは、昨夏、2011年8月21日でした。
 その日の私のブログを見ると、糖質制限食のことには何も触れていません。そんなに強い意識はなく、単にその日に私が糖質制限食について知り、興味を持ちはじめた、という程度のことだったようです。

 その日は、「クレマチスの丘にある井上靖文学館」(2011年8月21日)を書いています。

 これは、三島にある井上靖文学館へ行った話です。それでは、なぜその日が糖質制限食に切り替えることになった、私にとっての記念日だと言えるのか、ということについて少し書いておきます。

 その前日、小さな旅に出掛けるために、妻と深川辺りで買い物をしました。その折、商店街にある小さな本屋さんで、たまたま手にした雑誌が『わかさ』でした。このことは、「健康情報誌『わかさ』の糖質制限食特集」(2012年4月18日)で書いた通りです。この雑誌が、私の食生活を一変させたのです。

 三島へ向かう東海道線の車中で、この『わかさ 10月号』の糖尿病に関する記事を見ながら、糖質制限食のことを初めて知ったのです。そして、おもしろそうなので見よう見まねで取り組んでみよう、と思ったのです。車中で、隣にいた妻にも話したように思います。しかし、特に反応はなかったと記憶しています。いつものように、やってみたら、という程度のリアクションだったように思います。

 そんな調子のスタートだったので、その旅先ではいつもと変わらぬ、しかし多少主食を意識した食事をしたように思います。そんな程度の取り組みが最初だったのです。それが証拠に、それから3日後の記事である「食事と血糖値の管理に関しての傾向が判明」(2011年8月24日)では、血糖値の話に終始していますが、糖質制限食については一言も語っていません。その翌日には、そばぼうろの話です。
 その後も、お茶やお茶菓子やそばぼうろの話があっても、糖質制限食については触れていません。この頃、主食や副食をどうしていたのか、よくわかりません。ご飯、パン、麺類は食べない生活を始めていたはずですが。

 9月の中旬になって、少し様子がわかります。ここでは、次のように記しているのです。

 私は、先月から糖質制限の食事に切り替え、ご飯・パン・麺類を食べない生活を送っています。この食生活は、肉などが食べられるので、これまでとは食事が一変しています。
 そして、血糖値もうまくコントロールできているようです。

 「江戸漫歩(44)深川も夏から秋へ」(2011年9月14日)

 そして、その翌日に、糖尿病外来に行ったときの話で、8月26日から糖質制限食に取り組んでいたことを先生に話し、アドバイスをもらおうとしていることがわかります。
「お医者さんが勧める薬物治療に足踏み中」(2011年9月15日)
 ここでは、先生に糖質制限食についての問いかけを無視され、糖質制限食は勧められないと言われたことが記されています。そして、ここで、薬物療法に移行することが先生から提案されているのです。この提案は、これまでにも何度か受けたものでした。

 この時に、なぜ先生はもっと丁寧に説明して下さらなかったのか、もし私がわかる説明がなされていれば、こんなに遠回りをしなかったのに、と、今となっては思い返されます。その意味では、今回の京都大学病院の先生方は、丁寧に噛んで含めるようにアドバイスをしてくださいました。そして何よりも、今後の治療方法についての決定は、患者である私にすべてを任せてくださったのです。これは、私にとってはありがたいことでした。

 さて、昨年9月15日の上記記事の中に、「カーボカウント」というものがあることを知った、とあります。
 今回、京都大学病院に入院して、初めて「カーボカウント」について知り、勉強したと思っていました。しかし、すでに1年ほど前に、このことばは目にしていたのです。それを、さらに知ろうとしなかったために、忘却の彼方に消えていったことばだったのです。このことばと再開したという認識もないままに、今回そのことばと意義を知り、その活用方法を身につけたということです。おもしろいものです。

 昨年の記事を追いかけると、それから2週間後に築地へ行った記事で、お寿司をお刺身で我慢したことを記しています。
「江戸漫歩(46)糖質制限と築地のすし塚」(2011年9月28日)

 糖質制限食の日々の中で、お寿司の幻想と闘っている姿が伺えます。

 そして今夏、1ヶ月の長期にわたる京都大学病院での入院から退院を果たした今日、胸を張ってお寿司を食べました。

 今朝は、6時に血液検査のために大量の採血がありました。
 
 
 

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 そして、妻に見守られる中、最後の給食をいただきました。
 
 
 
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 病院のスタッフのみなさんに挨拶をし、自転車でのんびりと下鴨神社の参道を通って帰宅しました。

 昼食は迷わず回転寿司屋へ直行です。ベイスンという薬があるので、お寿司を敬遠する必要がなくなったのです。

 三条と紫明のどちらにしようかと迷いました。しかし、退院したばかりでもあり、近くの紫明の寿司屋に行くことにしました。我が家のそばを流れる白川疎水が賀茂川を潜って堀川に流れる途中に、目指す回転寿司屋はあるのです。ところが、行ってみて驚きました。お店がないのです。普通のビルになり、シャッターが降りています。あったはずのお店が、影も形もないのです。
 昨夏以来、糖質制限食にしてからはご飯がいけないので、回転寿司屋から遠ざかっていました。今浦島の気分を味わいました。

 先ほどネットで確認したところ、平成3年に開店した紫明通り店は昨年8月に閉店した、とありました。となると、むさしは三条本店、上堀川店、京都駅八条口アスティーロード店の3店ということになります。この内、先日も書いたように、京都駅店と上堀川店はレベルが極端に低いので、よほどのことがない限りは行きません。楽しく食べられるのは三条店だけということになります。紫明店もよかったので、残念です。

 三条へ出るのも、今日は疲れているので見送り、近所の持ち帰り専門のお寿司屋さんで買って、家でのんびりと食べることにしました。ささやかながら、妻と息子の3人で、退院のお祝いをしました。私は、ご飯を半分にして8貫いただきました。そして、野菜サラダと茶碗蒸しも。

 食後の血糖値は、1時間後が229、2時間後が161です。ベイスンを飲んでお寿司を食べる、というテーマに関しては上々です。というよりも、出来過ぎです。
 次は、薬を飲まずにお寿司を食べるための方策を見つけ出したいと思っています。

 食後しばらくしてから、賀茂川へウオーキングに出掛けました。
 自宅近くの浅瀬では、鷺と鴨が遊んでいました。
 
 
 
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 久しぶりの対面です。みんな、元気にしていたようです。いつものご老体は見当たりませんでした。どこか日陰で休んでいるのでしょう。

 こうして、私にとっての新しい生活がスタートしました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | *健康雑記
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