2012年07月17日

井上靖卒読(138)「稲妻」「末裔」「みどりと恵子」

■「稲妻」
 夫は、わがままを通している妻を大切にしています。その妻は、過去を懐かしむあまり、かつて好きだった男と来た彦根に、夫と来ることにしたのです。そこで、夫の優しさや温かさを感じ取ることになりました。何と言うこともない夫との中に垣間見られた、人間としての温かさを描ききっています。
 夫婦の性格が、対称的に語られています。【3】
 
 
初出誌:小説公園
初出号数:1953年9月号
 
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4
 
 
 
■「末裔」
 人間関係とその背景が、わかりやすく語られます。込み入ったことが、実にスッキリとまとめられているのです。こうした語り口を、私は何とか見習い、真似をしたいと思っています。しかし、これは文才なしにはできない芸当であることを、しみじみと思い知らされているところです。
 古文書を集めて写す主人公は研究者です。その姿が、井上の若い頃を彷彿とさせます。何でも調べるのです。世話になっている男佐和の妹が、どうやら妊娠している話に展開します。その中で、月光が諏訪湖の湖面を照らす場面が、美しく描かれています。その娘と共に水面を眺める場面が秀逸です。お堂の秘仏を見せてもらおうとするところも、後の『星と祭』とイメージが重なります。ここは信州を舞台とし、片や近江と、違っています。しかし、湖を背景にしての雰囲気には、共通するところが多いように思われます。
 また、この地は武田信玄とも関連し、後の井上の戦国物の下地ともなっています。そして、奥伊豆に、生まれ来る赤子を預けることでも、作者の半生とつながってきます。この佐和は、後の『星と祭』では佐和山と言われる男に引き継がれます。井上らしい作品の要素が鏤められた、穏やかな語り口の、いい作品に仕上がっています。【3】
 
 
初出誌:新潮
初出号数:1953年10月号
 
角川文庫:楼門
角川文庫:花のある岩場
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4
 
 
 
■「みどりと恵子」
 夫への別離の手紙を書いたみどり。サバサバとした文章で、読みやすいと思います。
 淡々とした語り口の中に、1人の女の静かな心の動きが見えてきます。大きな展開はありません。湖の中を漕ぎ進む船のように、穏やかです。鵜飼いの描写が印象的です。
 夫が愛人にした女が、かつて想いを寄せた男の妹恵子であったことは、妻みどりにはショックでした。しかし、それも好きだった男とのことを思うと、心は乱されなかったのです。そんなものか、と何となく得心できないままに読み終えました。【2】
 
 
初出誌:オール読物
初出号数:1953年10月号
 
集英社文庫:三ノ宮炎上
井上靖小説全集10:伊那の白梅・大洗の月
井上靖全集4:短篇4
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:24| Comment(0) | □井上卒読
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