2012年07月14日

池田芙蓉(亀鑑)著『馬賊の唄』を読んで

 池田芙蓉の空想冒険小説『馬賊の唄』(昭和50年、桃源社)を読みました。池田芙蓉とは池田亀鑑のペンネームです。
 この本のことは、すでに一年前に書いた通りです。

「本と出会う楽しみ−末松謙澄と池田芙蓉」(2011年6月17日)

 あの時は冒頭部分を読んだだけだったので、今回一気に読み通したのです。
 実際にはもっと話は続いたようです。しかし、ここに再編集された部分しか、今は読むことができません。

 読み終えてみて、荒唐無稽ながらも、非常におもしろい話でした。これは、大正14年に「日本少年」に連載されました。読者であった少年たちは、次の展開を心待ちにしながら、心躍らせて夢を膨らませながら読み耽ったことでしょう。
 主人公である山内日出男は、中国の奥地から満州までを駆け巡ります。文中にも「父を尋ねて幾百里」(132頁)とあるように、気宇壮大な物語です。

 巻頭部分を引いておきます。


第一回

    一 落日紅き万里の長城

  絶域花はまれながら
  平蕪の緑今深し
  春乾坤にめぐりては
  霞まぬ空もなかりけり
 いずこともなく朗々たる歌の声が聞える。小手をかざして眺めやれば、落日低く雲淡く辺土の山々は空しく暮色に包まれようとしている。
 夕陽の光は大陸の山河を紅にそめて、名も長城の破壁を淋しく彩った。霞こめた紫色の大空には、姿は見えぬタ雲雀の声も聞えていた。(三頁)


 この美文調は、読み進むにしたがって慣れました。
 この冒険活劇の舞台となる中国大陸は、朝日ではなくて夕陽と月影が似合うように語られています。

 参考までに、この小説の目次をあげておきます。


第一回
 一 落日紅き万里の長城
 二 痛恨涙をのむ亡命の志士
 三 秋は深し楊子江
 四 父を尋ねて幾百里

第二回
 一 闇夜の物音
 二 闇をてらす炬火の光
 三 よし、相手になろう!
 四 人質の美少女

第三回
 一 腕は鳴る!
 二 敵か味方か
 三 かがやく朝日

第四回
 一 何等の荘厳
 二 馬もろともに真倒さま
 三 男児の試練
 四 戦闘準備

第五回
 一 魔の淵へ
 二 霊峰の落日
 三 死の窓
 四 この顔を見よ!

第六回
 一 真紅の大怪物
 二 計られたり!
 三 死の谷底へ
 四 起て! 稲妻!

第七回
 一 黒き影
 二 正義の妖霊
 三 覆面の曲者
 四 樹上の怪物

第八回
 一 両雄相会す
 二 平和の眠り
 三 敵近し

第九回
 一 怪火揚る
 二 「西風」たのむぜ!
 三 怪傑何人ぞ

第十回
 一 何者?
 二 戦のあと
 三 五月の朝
 四 見よ! 猛火の天

第十一回
 一 来れ! 大陸の王者
 二 さらば小英雄
 三 何者ぞ

第十二回
 一 絶壁の上
 二 月明の夜に
 三 乱闘又乱闘
 四 敵か味方か

第十三回
 一 万事休す
 二 呪いの炎
 三 さらばエニセイ

解説 種村季弘


 中国大陸を舞台にし、遠くヨーロッパまで見霽かした雄大な語り口は、『源氏物語』をはじめとする古典文学の文献学者とはとても思えません。その雄大な物語の展開は、つぎにあげるような、ここに出てくる地名を見ていくだけでも想像できるかと思います。
 ただし、池田亀鑑が中国大陸や満州の地理に詳しかったどうかはわかりません。いや、実際には知らなかったために、こうした夢幻の空想冒険談が書けたといえるでしょう。
 ここに引いた地名が、実際に今もあるものなのか、まだ調べてはいません。


万里の長城/浙江/奉天/上海/北京/江南/内蒙古/山海関/長白山脈/ゴビ沙漠/崑崙山脈/張家口/陰山山脈/帰化城/黄河/蒙古高原/天山山脈/嘉峪関/祁蓮山脈/キルギス広原/ブルカール/ロシヤ/モスコー/キエフ/ポーランド/ハンガリ/寧夏/蜿蜒山/ウラル/アルタイ/ヒマラヤ/サヤン山脈/バイカル湖/イルクーツク/シベリヤ/満州/コブド盆地/外蒙古/セレンガ河/タンヌウレヤンハイ/エニセイ河/ヨーロッパ/エニセイスク/クラスノヤルスク/トムスク


 さて、この物語の最後は、次のように結ばれています。


 一年に亙る冒険旅行は終った。
 日東の健児山内日出男は、宿願の通り、父を辺境に救うことが出来た。これは、あらゆるものにまさる喜びであった。が、彼の心は淋しかった。
 サヤン山脈を東に、国境を去らんとする日、彼は幾度か後ろをふりかえった。
「西風! お前も淋しいか?」
 愛馬はもの恨ましげにいなないた。旅衣ふきひるがえす夕風よ!
 顧みれば、夕陽紅をながすエニセイの河は、大山脈をきってうねうねとつづいている。
「さらばエニセイよ! 稲妻の霊よ!」
 日出男はこう云って暗涙をのんだ。
 父も佐藤父子も、蛮勇頬骨の快僧も、緑林好はじめ数百の騎手も、等しく夕日の光に照らされ、秋風に吹かれて愁然とつっ立った。(一七三頁)


 これが、今から87年前に池田亀鑑が池田芙蓉というペンネームで書いた物語の概略です。
 登場人物の設定や、表現の問題など、興味深いことがあげられます。しかし、それらは機会を改めることにします。
posted by genjiito at 23:17| Comment(0) | □池田亀鑑
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