2012年07月03日

読書雑記(51)森見登美彦『宵山万華鏡』

 今年も京都市内では、祇園祭の準備が進んでいます。
 一昨年の宵山は、私が癌の告知を受けた日でした。
 妻と四条烏丸で待ち合わせて鱧を食べて帰ったことが、遠い日のように思い出されます。
 書店で本書『宵山万華鏡』(森見登美彦、2012年6月30日、集英社文庫)を手にし、すぐに読みました。
 2009年7月に集英社から刊行された作品の文庫化です。
 今年は何かと仕事が溜まっているために宵山に行けそうにありません。
 本作で宵山をファンタジーワールドとして楽しんだことにします。
 
 
 

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■「宵山姉妹」
 好奇心旺盛な姉に引き摺られて、京都三大祭りである祇園祭の宵山に紛れ込んだ妹。
 姉を見失った妹は、金魚のような浴衣姿の女の子たちに連れられて細い露地を覗いては歩いていきます。
 京都の町家とビルの隙間に展開する世界を、夢遊病者のように彷徨うさまが、妖しく語られていく連作です。南観音山と蟷螂山が印象的です。【4】

■「宵山金魚」
 虫嫌いな私には苦手な話題が展開します。「町屋」とあるのは、これでいいのでしょうか。
 さて、頭の天窓が開いている男の話は、おもしろいと思います。宵山の露地を彷徨う男二人。祇園祭の神髄を突く指摘があります。
祭りがぼんやりと輝く液体のようにたひたと広がって、街を飲みこんでしまっている。

 そこへ、赤い浴衣の少女たちが。場面展開がうまいと思います。
 高校時代の友人である乙川が、いい役所を受け持っています。この一風変わった男が、このおかしな話を支えています。ただし、奇想天外なのはいいのですが、私にはどうもこの手の話には白けてしまいます。【1】

■「宵山劇場」
 前話を読んだ後、そうだったのか、と得心させられます。うまい構成です。しかし、それなら前作をもっと妄想で膨らませればよかったのではないでしょうか。ここで語られる奇想天外さは、いささかネタばらし的で説明に脱した感が否めません。
 しかし、それにしても、おもしろい話です。登場人物たちが遊びに没頭していて、活き活きしているのです。直前の「宵山金魚」があるからこそのおもしろさです。そうであるならば、「宵山金魚」はもっと書きようがあったと思います。【5】

■「宵山回廊」
 おもしろくないのです。後半は、テンポと雰囲気が森見らしくなります。しかし、全体としては冴えないこぢんまりとした話に留まっています。【1】

■「宵山迷宮」
 昨日と同じ今日が繰り返される、不思議な話として語られます。昨日のことは夢だったのか、と。
 本書所収の全作を通して、赤い浴衣を着た女の子たちが、宵山の雑踏の中を金魚のように自由自在に浮遊する姿が、強く目に焼き付きました。妖しい不思議な体験を、この女の子たちが背後で支えています。【2】

■「宵山万華鏡」
 最後の話は、最初の話「宵山金魚」をなぞるようにして、イメージを微妙にダブらせながら語られていきます。この手法は、おもしろい趣向だと思います。最初の話をもう一度見返しました。初めからもう一度読みたくなります。
 この分野での常套手段なのか、森見登美彦ならではのことなのか、寡聞にして知りません。読者を意識したサービスとして、これはいいと思いながら本を閉じました。【4】

 今振り返ると、出来不出来が入り乱れている一作でした。作者がそれを意図したものとは思われません。一冊にまとめあげる上での、編集上の手をもっと入れてもよかったのでは、という畑違いの立場からの感想を持ちました。
posted by genjiito at 22:25| Comment(0) | ■読書雑記
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