2012年07月01日

平群の里で許状をいただく

 雨が降り続く中を、大和平群へお茶のお稽古に行きました。
 
 6月は一度も行けませんでした。今朝は出かける前に、自宅の電熱式の風炉で一通りの復習をしました。

 本を横に置いての練習は、これまでにも何度かやっています。『裏千家茶道 点前教則』という本がナビゲーターです。私はまだ初心者なので、今は最初の第1巻と第2巻の2冊を畳の上に広げ、それをチラチラと見ながら、写真解説を参考にしておさらいをしています。
 しかし、写真を目で追いながらできる部分は良しとして、忘れている部分など説明文を読む必要がある場面になると、どれどれとメガネを外して本を手にとってと、なかなか面倒です。

 お点前の手順が断片的にしか思い出せないので、流れるようにスムーズな練習とは程遠いものです。忘れていたことを思い出すため、と割り切った方がいいようです。

 やるたびに、そうそうそうだった、という塩梅なので、とにかく根気がいります。それでも、繰り返すたびに、いろいろと発見があります。奥が深いとは、こうしたことを言うのでしょう。

 家では襖の開け閉めからやっていました。しかし、先生のお宅では夏のお稽古ということもあり、開け閉めはありません。季節季節に応じた、バリエーションの多彩さがあるのも楽しいものです。
 おまけに今日は、平たくて丸い大きな水差しが最初から出ていました。最初に水差しを入口の建付に置いて挨拶をして、という水差しを運び出すところからではないのです。茶碗と棗を運び込むところからスタートです。

 えーっと、と、一呼吸置いて次の動作を考えて手を膝に置くと、すかさず、手を膝に置いて休憩しない、という先生の声が聞こえます。
 袱紗捌きも、胸を張って肘を上げて大きく、と、いつもの注意を。また、左手が袱紗を折り返すときにちゃんとできていませんでした。先を先へと考えると動きが小さくなり雑になるようです。そうではなくて、少し前を意識すればいいようです。とにかく身体で覚えるしかありません。

 柄杓を取るのも置くのも、少しまごつきながらもどうにか出来ました。

 夏用の茶碗は底が浅いせいか、持ちにくい上に点てる時に手を被せるように押さえるので、慣れないと滑らせそうです。いろいろな道具でお稽古を、ということです。

 どうにか一通り終えてから、もう一度通してやることなりました。ところがどうでしょう。先ほどは次の流れが見えていたのに、今度は混乱していろいろな場面でぎこちなく止まります。先ほど一度はできたという安心感があったせいか、最初のような緊張感が欠けていたせいか、気が緩んでいると不思議と思い出せません。身体で覚えていないせいだと思われます。

 いやはや、牛歩の歩みのお稽古を覚悟しています。

 今日は、今春申請した許状をいただきました。修道過程の入門と小習です。こうしたものを目の前にすると、スタートラインに立ったという気持ちを再確認させらます。
 
 
 

120701_menjou
 
 
 

 修練を積まれた方には、過去の書状でしょう。しかし、これからの者には、気持ちが改まる一枚一枚です。
 茶道という家元制度のシステムはともかく、多くの方が長い年月をかけて築き上げられた学習プログラムに今乗ったのです。そんな思いを強くしながら、雨上がりの坂道を下って元山上口駅に向かいました。
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | *身辺雑記
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